オードリー・ヘプバーン、結婚歴や息子 加藤タキが語る彼女の素顔とは?

オードリー・ヘプバーン、結婚歴や息子 加藤タキが語る彼女の素顔とは?
出典元:of Hepburn ( and the Audrey Hepburn Children's Fund )

2015年10月2日(金)19時からの『爆報!THE フライデー』は誰も知らないオードリー・ヘプバーンさんの晩年について放送します。そんな世界的有名な女優・オードリー・ヘプバーンさんについて色々調べていきたいと思います。

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オードリー・ヘプバーン プロフィール・経歴

【芸名】オードリー・ヘプバーン
【本名】オードリー・キャスリーン・ラストン
【出身】ベルギー
【生年月日】1929年1月20日
【身長】170
【活動期間】1948年から1989年

オードリー・ヘプバーンは、ハリウッド黄金時代に活躍した女優さん。米国映画協会 (AFI) の「最も偉大な女優50選」では第3位にランクイン、またインターナショナル・ベスト・ドレッサーにも殿堂入りしています。

そんなオードリーさんは、5歳ごろからバレエを初め、イギリスで数本の映画に出演した後に、1951年のブロードウェイ舞台作品『ジジ』で主役を演じます。

そして1953年には『ローマの休日』でアカデミー主演女優賞を獲得。

その後も『麗しのサブリナ』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『シャレード』『マイ・フェア・レディ』『暗くなるまで待って』などの人気作・話題作に出演している。

そして功績を称えられたオードリーさんは、アカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞の受賞経験を持つ数少ない人物の一人なのです。

また、女優というお仕事以外に後半生のほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)の仕事に捧げてきました。

ユニセフへの貢献を始めたのは1954年からで、1988年から1992年にはアフリカ、南米、アジアの恵まれない人々への援助活動に献身してきました。

どうして自ら申し出てユニセフの大使を引き受けたかと言いますと、彼女の家は戦争の時、大変貧しかったそうです。その時にある団体が食べ物を配ってくれて、それがどんなに救われたか知れないという思いだったそうです。

1992年終わりには、ユニセフ親善大使としての活動に対してアメリカ合衆国における文民への最高勲章である「大統領自由勲章」を授与されました。

この勲章の受賞後一カ月後の1993年に、オードリーさんはスイスの自宅で虫垂癌のために63歳で死去しました。

絶世の美女と言われ大女優でファッションセンスも抜群な彼女がここまで成し遂げたことは本当に尊敬に値しますね。

結婚歴や息子

どうやら彼女は結婚離婚を経験されているようです。では、まず始めに結婚したのは、オードリーさんより12歳年上で俳優のメル・ファーラーさん。

彼は俳優としてはあまり売れていなかったものの、プロデュース業や監督などもこなす才能に満ち溢れた男性で女性にかなりモテモテだったようです。

1960年、オードリーさんとメルさんとの間にショーンという息子を授かります。ここに至るまでオードリーさんは4回も流産していたようでした。

苦難の道に子供を授かりましたが、色々あったようでメルさんと1968年に離婚しました。

その後、1968年6月に知人の紹介で知り合ったイタリア人医師 アンドレア・ドッティさんと再婚しました。アンドレアさんはオードリーさんより9歳年下の男性だったようです。

そして1970年に息子のルカを授かりました。しかし幸せは長く続かず、アンドレアさんの女性関係が原因で1981年に離婚しました。

この離婚後、オランダ人俳優のロバート・ウォルダースさんと恋に落ちます。結婚はしていませんでしたが同棲はしていたようです。

結局は別れることになりましたが、オードリーさんはロバートさんとの9年間を共にした生活が一番よかったんだそうです。

加藤タキが語る彼女の素顔とは?

加藤タキさんは、日本のコーディネーター。難民を助ける会副理事長。文化放送番組審議会の副委員長。として活躍されています。そんな加藤さんがコマーシャルのコーディネートをしていた時のことです。

1971年に東洋紡のコマーシャルキャラクターにオードリーさんが起用されたということで加藤さんはオードリーさん宅で仕事をした仲なんだそうです。

仕事をしていく中でオードリーさんの人間性というものに感動したそうです。

自己紹介の後はすぐに名前を呼んでくださった。
休憩中、コーヒーと紅茶を両方準備して一人一人の希望を聞いて淹れて下さる。
居間にはすでにブティックのようにお洋服が並べてあって、この絵コンテに似合うのはこの衣装ではないかと自分で準備してくださった心遣い。
打ち合わせの時、またお茶を下さって、前回どのスタッフが何を飲んで砂糖をいくつ入れたかを覚えていた。

など、オードリーさんの優しさ心遣いに加藤さんはオードリーさんのためなら何でもしちゃおうという気になったそうです。

ユニセフとして活動していたオードリーさんは晩年、よく子供たちに1つの詩を朗読していたそうです。彼女の本にも書いてあるそうですが、加藤さんは最後の1行がとても印象に残っているんだそう。

それは「人間は誰も2つの手を持っている。1つは自分を生きるため。もう1つは他の誰かのお役に立つため」。

そのもう1つの手を活用してユニセフ活動しているオードリーさんは本当に素敵な方ですね。

まとめ

ヘプバーンさんの女優としての業績とその人間性は、亡くなった今でも長く伝えられているというのが納得できますね。

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