長野里美って?真田丸で信幸の妻こう。旦那は上杉祥三で子供は?

長野里美って?真田丸で信幸の妻こう。旦那は上杉祥三で子供は?
出典元:融合事務所

主に舞台女優と活動していた長野里美さん。またNHK大河ドラマ『真田丸』で注目されているベテラン女優さんです。

そんな長野さんについて色々調べていきたいと思います。

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長野里美 プロフィール・経歴

【芸名】長野里美(ながの さとみ)
【出身】神奈川県
【生年月日】1961年8月15日
【学歴】早稲田大学第一文学部卒
【身長】156.8
【血液型】A
【特技】ジャズダンス
【資格】普通自動車免許
【その他】融合事務所 所属

長野里美さんは、大学在学中の1981年に早稲田大学演劇研究会に加入し、のちに鴻上尚史さん率いる「第三舞台」に参加する。

1981年、舞台『宇宙で眠るための方法について』で家出少女役として出演して以降、悲しみを秘めた明るい女性役を持ち味にし、劇団の看板的な存在となっていく。

1985年、舞台『リレイヤー』では着ぐるみ姿が名物で、演出の鴻上さんに稽古で追い詰められ、最後の舞台挨拶で泣き出してしまったという逸話があるそうです。

1990年代以降は、外部公演やシェイクスピア作品に多数出演。小劇場ブーム末期には西の高田聖子さん、東の長野里美さんと言われるほどの人気を博しました。

1996年より、文化庁の海外研修員として一年間ロンドンに留学する。留学中は『演劇ぶっく』にて、ロンドンの様子をエッセイにて連載していました。

真田丸で信幸の妻・こう

NHK大河ドラマ『真田丸』に長野里美さんが出演します。

【脚本】三谷幸喜

【あらすじ】
戦国時代最後の名称と呼ばれる武将・真田信繁(堺雅人)は、幼い頃から好奇心旺盛でいつしか徳川幕府の長となる徳川家康(内野聖陽)をも恐れさせる存在として成長していた。

真田信繁の前には常に天才武将である父・昌幸(草刈正雄)、秀才の兄・信幸(大泉洋)がいて、彼は二人の背中を追いかけ、その道程は決して順風満帆ではなかった・・。

しかし、そこには家族愛があふれていていた。

いつしか、信繁は大坂冬の陣・夏の陣で、豊臣方が徳川方と戦うにあたり、時勢的にも兵力的にも、絶対的に豊臣方が不利だったことから、奇襲を仕掛けるために出城を設けます。

ここを拠点に、真田勢は軍略をもって、徳川方を苦しめます・・。

信幸の妻

長野里美さんは、真田信繁(堺雅人)の兄・信幸(大泉洋)の妻・こうを演じます。体が弱く病気がちながら、信幸を献身的に支えていきます。

体は弱い女性ですが芯が強い女性を上手く演じられることでしょうね。

〜真田丸での共演者〜

迫田孝也(真田家家臣/矢沢 三十郎頼幸)

栗原英雄(昌幸の弟/真田信尹)

玉置玲央(信長の嫡男/織田信忠)

旦那は上杉祥三で子供は?

長野里美さんが1996年より一年間ロンドンに留学していた時、留学先で上杉祥三さんと結婚しました。

また2002年には、夫とともに演劇ユニット『トレランス』を旗揚げしました。

上杉祥三 プロフィール・経歴

【芸名】上杉祥三(うえすぎ しょうぞう)
【出身】兵庫県
【生年月日】1955年12月14日
【学歴】甲南大学法学部卒
【身長】167
【血液型】A
【特技】ジャズダンス
【資格】普通自動車免許
【その他】 ライターズカンパニー田畑冨久子事務所 所属

1981年、青年座俳優養成所卒。同年に野田秀樹さん率いる劇団「夢の遊眠社」に入団。

当時は、皿洗いのバイトをしながら演劇活動を続けるも、当時1300円のチケットだった「遊眠社」を日本で有数のトップ劇団へと成長させる。

後に劇団の看板俳優として活躍。

1988年には上杉祥三プロデュースチームを結成。在団中よりシェイクスピア作品に傾倒し、1991年よりグローブ座カンパニーの座長としてシェイクスピアレパートリー公演を開始。

若手随一のシェイクスピア俳優として注目される。

その後、舞台俳優として人気を博しつつ、映像・小説家・脚本家などマルチにおいて活躍し現在に至る。

お二人とも、実力ある俳優さん同士でお似合いですね。

子供は?

少しの情報しかわかりませんでしたが、長野里美さんが今年の抱負という質問に、「子供がやっと手がかからなくなってきて、実生活からちょっと離れられるようになったので・・・」と回答されているのを見ると、子供さんがいたんだなぁということがわかりました。

まとめ

今後もさまざまな作品に出演していってほしい女優さんですね。

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