片岡礼子ってどんな人?結婚や子供が気になる。病気は大丈夫?

片岡礼子ってどんな人?結婚や子供が気になる。病気は大丈夫?
出典元:カクト エンタテインメント

数々のドラマや舞台で経験を積んでいる演技派女優の片岡礼子さん。彼女は一体どんな人なのでしょうか?色々調べていきたいと思います。

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どんな人なの?

片岡礼子 プロフィール・経歴

【芸名】片岡礼子(かたおか れいこ)
【出身】愛媛県伊予郡松前町
【生年月日】1971年12月20日
【身長】160
【血液型】A
【その他】カクト エンタテインメント 所属

片岡礼子さんは、愛媛県立伊予高等学校を経て明星大学理工学部土木工学科を卒業。

1991年、大学在学中には民社党4代目のキャンペーン・キャラクターに選ばれ、また女子大生モデルとして『週刊朝日』の表紙を飾りました。

1993年、映画『二十才の微熱』でデビューを果たします。1994年映画『愛の新世界』では、本作品がデビュー作となる鈴木砂羽さんと競演し、日本映画初となるヘアヌードを披露し、その体当りの演技で注目を集めました。

1995年の映画『KAMIKAZE TAXI』の演技で認められて、第15回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。さらに、1997年の映画『北京原人』ではヌードを披露。

1997年、映画『鬼火』の演技で高い評価を受け、第17回ヨコハマ映画祭最優秀助演女優賞を受賞。

2001年、映画『ハッシュ!』では、キネマ旬報賞及び第45回ブルーリボン賞の主演女優賞を受賞。

1996年頃よりラジオドラマにも積極的に出演。

1999年のFMシアター『スモーキング・タイム〜煙の行方』は、第37回ギャラクシー賞ラジオ部門優秀賞を受賞。

後に映画化される『ヴァイブレータ』、オーディオドラマ奨励賞を受賞した『月の記憶』など話題になった作品も多い。

このようにさまざまな作品に出演しては数々の賞を受賞している実力ある個性派女優さんです。

大学生活では

明星大学理工学部土木工学科を進まれた、才色兼備な片岡さん。

男子のイメージが強い土木を選んだ理由は、生まれ育った愛媛の松前町が水に恵まれた土地柄だったから。水道をひねると井戸水。遊び場も水源地だったりで、いつしか水に興味をもつ女の子になっていたそうです。

だから高校の時、進路を考えた時には、とにかく水の勉強がしたいと思い調べたら女子で入れる土木は明星だけだったそうです。

でも、幼い頃から将来を女優に定めていたそう。でも演劇部さえ入ったことがなかったから映画だけに絞る勇気がなかったそうです。それで好きな土木の勉強をしながら映画の道を探るという道を選んだそうです。

でも四年間でチャンスをつかめなければ土木の勉強を生かして愛媛に帰って就職する。と両親と約束したんで留年は許されない。入学式と同時にひとつの切迫感があったそうです。

で、片岡さんはチャンスを掴みとり女優として生きていくことに成功されました。

土木工学科で一緒だった同期の女子は片岡さんを含めて五人だそうで、彼女たちとは今でも会うという仲だそうです。いい友人関係なんでしょうね。

結婚や子供が気になる

結婚子供さんに関して、詳しい情報はありませんでしたがオフィシャルサイトで「現在は3児の母でもあり・・・」と記載されているのをみると、結婚し子供さんがいるんだということがわかりました。

旦那さんのことが気になりますが、情報がないことからきっと一般の方なのでしょうね。しかし3人子供さんがいるって結構子だくさんだったんですね。

病気は大丈夫?

片岡さんは2002年1月5日、舞台での稽古中に「脳動静脈奇形による血管出血(脳出血)」で倒れ一時は生死をさまよっていたそうです。しかし脳の出血部分に出来た「かさぶた」を除去する手術を行い奇跡的に回復しました。

また、キネマ旬報の主演女優賞の受賞の知らせもベッドの上で聞いたそうです。そしてその後、自宅で治療し通院するなど懸命にリハビリに励み、『帰郷』で約2年ぶりに女優業に復帰しました。

復帰後、現場に入るのがすごく不安だったそうですが、スタッフや家族が温かく応援してくれたそうです。良い環境で良かったですよね。

また以前の自分は、映画に追いつけ追い越せっていう感じで肩に力が入りすぎていたけど、今は少しゆったり構えられるようになったそうです。

それだけ片岡さんに実力と自信がついたってことでしょうかね。才能ある方で女優業に復帰出来て本当によかったです。

大病を乗り越えられた一番の理由は、きっと献身的にご家族の支えがあってのことだったのでしょうね。

まとめ

今後もさまざまな素敵な作品に出演し、活躍していってほしいですね。

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