チャゲの由来やデビュー秘話。再婚した嫁は近藤美江子で馴れ初めや子供。実家は以外にも?

チャゲの由来やデビュー秘話。再婚した嫁は近藤美江子で馴れ初めや子供。実家は以外にも?
出典元:Chage official web site

CHAGE and ASKA」のアスカさんというスターの逮捕で世間を揺るがしました。そこでメンバーであるチャゲさんまでもが注目されることに。そんなチャゲさんの名前の由来や結婚について述べていきたいと思います。

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チャゲの名前由来やデビュー秘話

1979年にデビュー、その後『SAY YES』や『YAH YAH YAH』など数多くのヒットを放ち一躍日本のトップアーティストとなった「CHAGE and ASKA」。今では聞き慣れたユニット名だけど、「チャゲ」という変わった名前はどのようにして考えられたのでしょうか?

チャゲ名前の由来
一説として挙げられているのは、
中学校時代にサッカーのヘディングのやり過ぎでボールの当たる部分だけ髪が薄くなってきて「ハゲ」と呼ばれていてが、それではあまりにもかわいそうだから「チャゲ」と変わったと言われている。

学生時代の学園祭のパンフレットで、本名である柴田の後ろに「(HAGE)」と書かれていたが、後ろの「 )」が消えて「(HAGE」になってしまい、前の「( 」が「C」に見えて、「CHAGE」と呼ばれるようになった。

高校時代に付き合っていたタカという女の子が、絶対に「柴田」ではまずいと「チャゲ」という名前を考えてきたそうで「じゃあ、もし俺が歌手としてデビューすることになったらこの名前を使わせてもらうよ」と約束して今日までやってきたとのこと。

では、アスカさんは?
アスカ名前の由来
大学時代、片想いしていた女性がいた。その女性が大ファンだった、福岡のラジオDJの名前が「飛鳥」だった。そのDJは腰まであるロングヘアーで女性のような美しい青年で追っかけがいるほど女性人気が高いDJだったそう。

そしてバンドでステージネームを考えていた時に、周りからあえてその彼の名前をつけて対抗したら?と何気に提案され「飛鳥」と名乗ったそうです。

結局、その女性のタイプは当時の飛鳥さんではなく振り向いてもらえなかったそうです。

その後、テレビ『夜のヒットスタジオ』でのCHAGE&ASKA出演時に「あすか」さんがサプライズゲストとして登場したという。

芸能人の名前由来って単純なものからよく考えたものと色々あるなか、チャゲアスの2人はエピソードものでなんだかいいですね。

デビュー秘話

チャゲアスは、高校の同級生同士で結成し1979年にデビューしました。そんな二人の出会いからデビューまでを振り返ってみたいと思います。

出会い

アスカさんは、父親の仕事の都合で北海道から地元・福岡に戻ってくる。そして高校2年の2学期に剣道の特待生として転校した福岡第一高校に、そこにチャゲさんも在籍していた。まさに運命的な出会い

アスカさんは剣道を続けるも高校3年で退部し音楽へとのめり込んでいく。一方チャゲさんは、サッカー・野球部に所属していたというスポーツ少年だったが高校目前に音楽に興味を持ち始め、高校では既にバンドを組んでいた。

そんな2人が学校のベランダで遭遇する。しかし特にこれといった意識はない。

退部した後のアスカさんは、井上陽水さんに影響を受け、コピーを始めるもすぐにオリジナルを作り出す。その後、文化祭のため「ピノキオ」というバンドを組む。

チャゲさんは「ビッケ」というバンドのリーダー。同じく文化祭に出場し校内「2大フォークバンド」となる。

「チャゲ&飛鳥」誕生

2人は同じ大学に進学。チャゲさんは音楽部に入部し、アスカさんは単独バンド「葡蘭湖(ブランコ)」7人組で活動していた。

アスカさんは早くからプロデビューを意識していて、『第12回ヤマハポピュラーソングコンテスト 福岡大会』にエントリーし翌年はソロでエントリーする。が、いずれも落選。

1978年、アスカさんは『第15回ポプコン福岡大会』でチャゲさんを誘って別々にエントリー。その結果、誘われたチャゲさんが「グランプリ」を受賞し「九州大会」出場権を獲得。一方アスカさんは「最優秀歌唱賞」となった。

その時、ヤマハのディレクターから「2人で組んでエントリーしてみないか」と誘われて『九州大会』に出場し「優秀曲賞」を受賞。

同年秋に開催された『第16回ポプコン大会』で初めて「チャゲ&飛鳥」としてエントリーして念願の『つま恋本選会』への出場権を獲得(この時のチャゲ&飛鳥は7人編成のバンドだった)。

本選会で「入賞」を果たす。1979年の『第17回ポプコン大会』も本選会まで出場しグランプリ獲得を目指したが、結果はまたも「入賞」となってしまった。

結果は残念であったが、ヤマハに一目置かれていた彼らにはデビューの話が進んでいく。しかしそれは、ボーカルを務めたチャゲと飛鳥の2人組でデビューするというのが方針だった。

何度か断るも悩んだ末に残された5人の了承も得て、「チャゲ&飛鳥」が誕生しました。

1979年8月25日、「九州から大型台風上陸」というコピーのもと、「チャゲ&飛鳥」としてシングル「ひとり咲き」でデビューする。

出会いからデビューまで短いようで長い道程だったような気がしますね。これを知るまではチャゲさんの方が積極的だと思っていましたが、どちらかと言えばアスカさんがグイグイと引っ張るタイプだったようですね。

再婚した嫁の近藤美江子、馴れ初めや子供

実はチャゲさんは、1995年に一般女性と結婚離婚されています。詳しいことは一般女性ということもあり情報は浮上していませんでした。

その後、元FM‐TOKYOのパーソナリティを努め、またドラマ『101回目のプロポーズ』やCMにも出演していたこともある近藤美江子さんと結婚します。

そして2008年11月28日、コンサートツアー最終日に第一子となる長男を授かります。

馴れ初めは?

「CHAGE and ASKA」でラジオ番組を持っていた時に、近藤美江子さんがアシスタントとして仕事をしていたことが出会いのきっかけでした。

2人の結婚は2002年で、チャゲさんが43歳の時、近藤美江子さん32歳で11歳も年が離れています。今は歳の差カップルが多いですよね。

当時、かなりの極秘婚だったようで結婚披露パーティーには、天海祐希さんや石田ゆり子さんといった名だたる女優さんなどが参加していたようです。

ちなみに、CHAGEさん一時期、石川優子さんとデュエットを組んで大ヒットを飛ばしていました。そういった経緯で結婚相手は石川優子なの?という噂も浮上していたようです。

デュエットするだけで嫁に間違えられるなんて、ほんと芸能人は大変な職業ですよね。それも人気のバロメーターですかね。

実家は以外にも?

チャゲさんの実家日本料理店で、当時父親はチャゲさんを板前にするつもりだったそうです。そしてチャゲさんにはお兄さんが1人いて、お兄さんもチャゲさんに似た甲高い歌声の持ち主だったそうです。

そして昔からチャゲさんよりも歌が上手かったようで、チャゲさんがデビューすることになった時、親戚など周りから「秀之よりお兄ちゃんの方が歌上手いのに、なんで秀之が歌手になるの?」と言われていたそうです。

チャゲさんの実家が日本料理店というのはなんだか以外でした。またお兄さんがチャゲさんより歌が上手いってどんだけ〜って感じですよね。そう思ったら歌手って上手いから売れるとかではないのかなぁーなんて思ったりして・・・。

いやいや、チャゲさんは上手で凄い人ですよね!!

まとめ

今後、チャゲさんもどのように活動していくのか?またアスカさんの動きにも注目ですね。

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