林真理子、現在は弟と母の介護。昔はイジメに合うなど壮絶な人生だった

林真理子、現在は弟と母の介護。昔はイジメに合うなど壮絶な人生だった
出典元:林真理子 ブログ あれもこれも日記

直木賞作家で小説もエッセイも大人気、また文学賞の選考委員も務める林真理子さん。そんな彼女が『徹子の部屋』に出演されるようで、気になるあれこれを調べていきたいと思います。

まずは林真理子さんについて紹介していきます。

スポンサーリンク

林真理子 プロフィール・経歴

【芸名】林 真理子(はやし まりこ)
【本名】東郷 眞理子(とうごう まりこ)
【出身】山梨県
【生年月日】1954年4月1日
【学歴】日本大学藝術学部文芸学科卒
【その他】有限会社林真理子企画事務所/代表取締役

林真理子さんは、母親が書店を営んでいたということもあり、幼少時から大量の本を読んでいたという。

大学卒業後、当時花形職業だった「コピーライター」になろうと、一念発起してアルバイトをしながら糸井重里さんのコピーライター講座を受講しました。

授業では、いつも最前列に座り、課題では人とは違う解答を出し続けた結果、糸井さんの目にとまり、事務所の電話番として採用されました。

1979年、秋山道男さんが編集していた西友ストアのPR雑誌『熱中なんでもブック』(のちに『青春評判ブック』)の編集スタッフとなる。

1981年、西友ストア向け広告コピー「つくりながら、つくろいながら、くつろいでいる。」でTCC新人賞を受賞。

賞を受賞するなど実力が認められたかと思いきや、最終的に糸井さんから「コピーライター」には向いていないと言われたそうです。

コピーライターは100のものを1にする仕事、でも林は1のものを100にするのが得意だから・・といった理由だったようです。

1982年、林さんは糸井さんに言われた言葉に納得して、編集者に勧められるままに若い女性の等身大の姿を描いたエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を発表、エッセイストとしてデビュー。

これが予想外の大ヒットをとばしベストセラーとなる。

こうして林さんは作家として生きていくことを決断します。

その後、ご存知のように直木賞など、いくつかの賞も受賞して文壇での地位を確立していきます。

プライベートでは?

林さんの人生設計の中には、「結婚」という文字も入っていたので、何度か見合いをしたそうです。そして36歳の時に見合いをした、一部上場企業(千代田化工)に勤めるサラリーマンと結婚しました。

その時のご主人は、作家・林真理子という人間をご存知なかったようです。

現在、ご主人はリーマンショックの煽りからかリストラされて自宅で主夫をされているようです。

ご主人が家のことを管理し林真理子さんが稼いでくれるから立場が逆転であれ、家庭が上手く成り立っていたらそれはそれでいいと思いますね。

子供について

子供は、絶対に生みたいと考えていました林さん。しかしなかなか子宝にめぐまれませんでした。

そして40歳から辛い不妊治療を4年続けて、体外受精により44歳の時に長女を妊娠・出産します。

そんな娘さんも高校3年生になったようです。また噂によれば有名人の子供が多数通う青山学院に通っているそうです。そんな娘さんですが、家では全く本を読まないそうです。不思議なもんですね。

現在は弟と母の介護

林真理子さんのお母さんはなんと100歳になられたそうです。今はそんな母親の介護で故郷・山梨に通う日々なんだそう。林さんのさんが介護離職をされたようなので弟さんが中心となって面倒をみているそうです。

ちなみに林さんの弟さんは優秀だったそうで、また現在はわかりませんが以前は歌が大好きだということで「六本木男声合唱団倶楽部」に入っていたようです。

林さんは、「介護は、最後で最高の格差だと思う」と語っておられました。人気作家を育んだ人だけであって豪快なお母さんなんでしょうね。

昔はイジメに合うなど壮絶な人生だった

美貌もコネも金も何もないどん底人生から、なんの根拠もない自信を頼りに這い上がってきた人生を、赤裸々に綴ったエッセイ『野心のすすめ』を元に書いていきたいと思います。

林さんは、ブスであることで中学時代から壮絶ないじめに合いますが、好かれているからいじめられるのだとあえて勘違いをして、それを乗り越えていきます。

どんなイジメ?
「林真理子を百回泣かせる会」があったり、プールに突き落とされたりしていた。

そんな林さんは、本の中の世界での自分を妄想することだけが、唯一の楽しみだったようです。

就職試験では
大学を卒業して、就活に励みますが希望の出版社はおろか、どの業種の試験もすべて落ちてしまいます。その数40社以上。

しかしここでも林さんは負けてはいなかった。その不採用通知の束をリボンでくくり宝物にしていた。そしていつか自分が有名になったら笑い話をしながらその束を見せる日がくると信じていた。

こんな仕打ちも
ある女性誌で、メイクのページの出演依頼がきたそうで林さんは「私もお化粧を習いたいからいいですよ。」と依頼を受け写真を撮ってもらうと「ブスの人のメイクはこうします。」といった別枠の扱いだったようです。

美貌・コネ・お金もない、何も持っていない自分が打ちのめされた瞬間だったという・・。

その後、自分磨きにいそしみ、昔の面影がないくらい綺麗な変身ぶりを見せています。

ちなみに、還暦を過ぎた今も「美」へのこだわりは健在しているという。週2回は美容院で毛髪の低周波マッサージを行っているそうですよ。

何もないところからのスタートだった林さん、根拠のない自信と才能と、野心だけでここまで這い上がり、望んだものを手に入れていきました。これも才能と努力の結果なんでしょうね。

林さんは、AKB48の総選挙で1位になった指原莉乃さんに、自分と同じ匂いを感じているようですよ。

まとめ

今後も林真理子さんの素敵な作品に期待ですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク