浅田次郎の妻や子供、小説家として成功するまでの道程。競馬好きが以上?

さまざまな職業を経て作家になり40歳を過ぎた頃から小説家としてブレイクした浅田次郎さん。そんな浅田さんの家族のことや人生について調べていきたいと思います。

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小説家として成功するまでの道程

浅田次郎 プロフィール・経歴

【芸名】浅田次郎(あさだ じろう)
【本名】岩田康次郎(いわと こうじろう)
【出身】東京都
【生年月日】1951年12月13日
【血液型】A
【趣味】買い物、読書、競馬

浅田次郎さんが小説家になるまでの山あり谷ありの人生が始まります。

〜裕福だった子供時代〜

日本が終戦を迎えた時代の中で浅田次郎さんは裕福な家庭のお坊ちゃまとして、誕生。小学生の頃から私立の学校を運転手付きの外車で通ったり、メイドがいるという裕福な家庭で育つ。

その頃は、遊び相手が少なかった事から自然に読書が好きになっていった。その後、父親の会社が倒産し、裕福な生活から一変した生活を送る事に。

浅田さんが9歳の時、お父さんの破産で両親は離婚し失踪。浅田さんとお兄さんはしばらくの間、おじいさんと暮らすことに。

その後、母親に生活のメドがつき、浅田さんとお兄さんを引き取りに来られ、貧しいながらも3人での暮らしが始まる。

〜学生時代〜

親元を離れ、働きながら通っていた高校時代。勉強が嫌いだけど、読書が大好きな不良少年だった。

〜自衛隊での生活〜

自衛隊へ入隊した浅田次郎さん。文学青年だった浅田さんに、大好きだった三島由紀夫さんが自衛隊で割腹自殺した事件がキッカケで、自衛隊に入隊したという噂があったようです。

当初、エッセイでは否定されていましたが後に動機は事実であると告白されていました。

そして小説家になる夢が忘れられず、自衛隊は2年で除隊。その間も戦闘服のポケットに文庫本を隠し持っていたという。

〜あらゆる職業〜

自衛隊から除隊した後は、浅田さんいわく、借金取り・用心棒・私立探偵・ぼったくりバーの客引き・ネズミ講の講元など・・職を転々としながら小説を書いては投稿するという日々を送る。

浅田さんが一番長くしていた仕事は自身で立ち上げたという婦人服販売会社の営業で小説家としての時間よりも営業時間の方が長かったようです。

そのうち、雑誌のライター・インタビュー書評・風俗ルポ・そして競馬予想まで、依頼されたものに応じて様々なテーマの記事を書くようになる。

また、ヤクザの日常や事件を描いた『極道エッセイ』の連載を依頼される。

そして1990年『週刊テーミス』で連載した「とられてたまるか!」が好評だったことから単行本化されることに。

複数の出版者からの依頼で『極道小説』をテーマにいくつかの小説の依頼を受けるようになっていきます。

〜小説家 浅田次郎!〜

1994年、それからの浅田さんは、極道ものから路線を変更し『地下鉄に乗って』を発表、1995年に『吉川英治文学新人賞』を受賞。

そして1996年には『蒼穹の昴』が直木賞候補筆頭と言われながらも受賞を逃し、翌年『鉄道員』で見事、「第117回 直木賞」を受賞する。

『蒼穹の昴』で受賞を逃した時、浅田さんは悲しみのあまり書く気力さえなくなったいたそうです。しかし女性編集者からの厳しい言葉や励ましの言葉などから次第にやる気になっていったという。

直木賞受賞後は、執筆活動以外にも講演会などの仕事が舞い込み、多忙になっていってそうですが、自衛隊時代に培った体力で過酷なスケジュールをこなしていったという。

〜浅田さんという人物について〜

自宅では、執筆時に限らず「あぐら」で過ごすことが多いという浅田さん。飛行機や長距離電車に乗った時もあぐらをかいているそうです。

あぐらをかくのが楽という理由もそうですが、体型の問題もあり、日頃から着物を着る習慣があるそうです。しかし、いかにも「物書き」という着物姿で近所を歩くのは恥ずかしいため、コンビニなどに行く時は着替えるそうです。

原稿を書くことについてはマメだが、手紙などは「医者の不養生」ならぬ「作家の筆無精」とも言えるほどで苦手なんだそう。意外に意外ですよね。

子供の頃から読書好きで、小学生の頃から図書館で借りた本をその日のうちに読み終えて、翌日に返却するというパターンになり、1日1冊の読書が生活という活字中毒だったようです。

動物好きで、保健所行きとなりかけた犬や捨て猫など、多い時には最大で13匹の犬猫を飼っていたことがあるそうです。

動物のことを好きだったり、可哀想といってもなかなか行動に移せないのが多い中、凄いですよね。

妻や子供について

1973年、浅田さんが22歳の時に結婚されています。自衛隊を除隊した後、職を転々しながら小説を書いている時に結婚されたのではないかと思われます。

子供は

奥さんとの間にはさんが一人おられるようです。年齢はわかりませんが精神科医をしているという情報がありました。

浅田さんは精神を病んでいるという時期があったようです。娘さんはそんな父親の姿を見て、医者を目指されたのかもしれませんね・・。

競馬好きが以上?

大の競馬好きとして知られる浅田さん。競馬予想家として生活し、競馬の収入と小説の収入が同じぐらいという時期もあり、この方面に関するエッセイも多数。(『競馬の達人』など)

実父の葬儀当日など限られた日を除いて週末は競馬場へ通い、自らも「ほぼ競馬場に皆勤賞」と語るほど。しかも全国で開催されている全レースの馬券を買い求めるという。凄い!

そんな浅田さんのバクチの極意は「いつも同じ金額を持って行く」ことなんだそう。

また競馬に限らずラスベガスには、健康体を保つために義務として年に1回、権利として年に2回、叶うなら年に5回は行きたいというほど、ギャンブルが好きなんだそうですよ。

想像以上に競馬好きでビックリしました。

まとめ

人生経験豊富で謎が多い浅田さんこそだから、そういう経験から素敵な小説が生み出されるのかもしれませんね。こかれかも素敵な作品を出し続けてほしいですね。

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