林家たい平、妻は元フリーアナで美人!子供は?異色の経歴や実家は?

国民的人気番組『笑点』でお馴染みの落語家・林家たい平さん。奥さんのことや子供のこと、彼の活動や実家について調べてみました。

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林家たい平 プロフィール

【芸名】林家たい平(はやしや たいへい)
【本名】田鹿 明(たじか あきら)
【出身】埼玉県秩父市
【師匠】林家こん平
【生年月日】1964年12月6日
【身長】168
【血液型】Bさん
【趣味】イラスト・写真
【その他】(社)落語協会 所属

『笑点』の大喜利レギュラーである林家たい平さん(オレンジ色の着物を着た人)。

どうやら、たい平さんの落語は面白いと評判がいいようです。現代的なギャグをポンポン放り込み、エネルギッシュな演技で落語初心者を爆笑させるという。

また「若々しい古典」がたい平さんの真骨頂で、登場人物が演者にツッコミを入れたりする「程のよいマニアックさ」や最近ではアクションの派手なギャグも習得されているようです。

そんなたい平さんのプライベートも気になりますね。

妻は元フリーアナで美人!子供は?

たい平さんは1996年に同年齢の奥さん・田鹿千華(たじかちか)さんと結婚し、その後子供を2男1女を授かります。奥さんは美人な上に上品な方です。

たい平さんと結婚する前はリクルートに勤務していて退社後は、フリーアナウンサーとして活動されていました。当時はNHK-BSの初代スポーツキャスターに就任したことも。

奥さんは『笑点』の大喜利などで度々名前が出ていて「恐妻」としてのイメージが有名で、すっかり「鬼嫁キャラ」になってしまったようですが、たい平さんいわく「奥さんは誰に対しても怖いわけではない。」と語っていたようです。

結婚後は仕事を辞めて、落語家のおかみさんとしてたい平さんをサポートされているようですから、色々な意味で頭が上がらないのかもしれませんね。

異色の経歴や実家は?

『笑点』のオレンジの着物でお馴染みのたい平さん。武蔵野美術大学造形学部卒業後、林家こん平師匠に入門。落語家としては珍しい芸術系経歴の持ち主です。

そもそもなぜ美術系の大学に進学したのか?

『3年B組金八先生』に憧れて学校の先生になりたかったそうです。でも、高校で勉強がだんだんできなくなって、先生に「学校の先生になりたいけど、勉強はできない。どうしたらいいですか?」って相談したそうです。

すると先生は美術の先生だったらしくて「美術の先生なら、技術面でカバーすればなれるぞ。」って言ってくれたようです。

そしてその先生に色々指導してもらい無事に武蔵野大学に見事合格したようです。

大学時

大学1年の時に落語研究会に入られました。その時は特に落語に興味はなかったものの、何のサークルに入ろうかと、うろうろしていたら「武蔵野美術大学落語研究会」っていうのれんがあったそう。

そして部屋を覗いてみると、人のよさそうな先輩が人が入ってこない理由で廃部の相談をしていたようです。

もともとお笑いが好きだったこともあり入部。そんな出会いから入った落語に興味がもてないまま3年生になった時に、たまたまラジオで人間国宝5代目柳家小さんの『粗忽長屋』に感動し、落語家について真剣に取り組むようになっていったそうです。

4年生になる春には、落語を老人ホームでしゃべりながら、東北を15日間旅をしたそうです。それで帰ってきて「落語家になろう」と決意。そして大学を卒業に、こん平さんの弟子になります。

それから6年半住み込みをしたそうです。

これは美大出身という異例の経歴からか、こん平師匠はすぐに入門を認めず、初代三平師匠の妻・海老名香葉子さんの自宅で修業させてから、正式に弟子として入門を認めたそうです。

実家は?

実家はかつてテイラーメイドの洋服店を営んでいたそうです。現在は実母が駄菓子店「駄菓子屋たい平」を、実兄・哲哉さんはうどん店「うどん亭たじか」を経営しているそうです。

しかしお兄さんが営む「うどん亭たじか」は市の道路拡張計画により閉店となったようです。移転場所については現在検討中だそうです。

実家がテイラーメイドの洋服店を営んでいたことから、きっと幼い頃からデザインや美的センスが磨かれてきたのでしょうね。両親が洋服店を経営していた頃には、お店で落語を披露することもあったそうです。

〜お店情報〜
「駄菓子屋たい平(だがしや たいへい)」
【所番地】
埼玉県秩父市東町
【最寄駅】
御花畑駅より徒歩2分
【定休日】不定休

幼稚園が隣接しており、そこの子どもたちや近所の小学生たちに大人気の駄菓子屋さんなんだそうですよ。

まとめ

今後の活躍にも期待していきたいですね。

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