麻実れいの夫は実業家で子供はハーフ。父は職人。飛行機事件の真相

麻実れいの夫は実業家で子供はハーフ。父は職人。飛行機事件の真相
出典元:梅田芸術劇場

元宝塚歌劇団の男役トップスターだった麻実れいさん。現在も精力的に舞台を中心に活動されています。

そんな麻実れいさんの結婚後の夫と子供の事、また自身のお父さんのことなど・・調べていきたいと思います。

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麻実れい プロフィール・経歴

【芸名】麻実 れい(あさみ れい)
【本名】信元 孝子(のぶもと たかこ/旧姓:田中)
【愛称】ターコ
【出身】東京都千代田区
【生年月日】1950年3月11日
【身長】172
【血液型】O
【その他】梅田芸術劇場 所属

麻実れいさんは、三人姉妹の末子として生まれ幼稚園の時からバレエを習っていました。高校3年生の時に宝塚ファンであった姉達の勧めで音楽学校を受験し見事合格します。

そして1968年3月、東京家政学院高等学校を卒業した後に、宝塚音楽学校に入学。1970年、56期生として宝塚歌劇団に入団。同期には小柳ルミ子さんらがいました。

『ハロー・タカラヅカ』 で初舞台を踏みます。

1975年、入団6年目にして『ベルサイユのばら-アンドレとオスカル-』でアンドレ役に抜擢され、美貌の長身男役スターとして人気を博します。

以降、宝塚歌劇団雪組の男役トップスターとして不動の人気を得ました。

そして1985年に宝塚歌劇団を退団しました。

退団後は舞台女優として活躍し、数々の作品に出演しさまざまな賞を受賞するなど、女優としての地位をも確立。

夫は実業家で子供はハーフ

麻実れいさんが45歳の時、1995年7月3日に実業家である信元久隆さんと結婚しました。

信元久隆さんは、1949年5月9日生。曙ブレーキ工業会長兼社長、日本自動車部品工業会の会長。

一橋大学を卒業した後、渡仏し曙ブレーキ工業の子会社であるベンディックス・フランスに入社。約5年間フランスで実務経験を積み、帰国後は曙ブレーキ工業へ入社。

信元さんは、英語・フランス語と共に堪能で、歌舞伎や文楽にも精通し三味線も嗜んでいるそうです。高尚な趣味ですね。

実は、信元さんは以前にフランス人の方と結婚していたそうですが死別され後に麻実れいさんと結婚しました。

子供は?

麻実さんと信元さんとの間にはお子さんはいらっしゃらないようですが、前妻との間に2人の子供息子)がいます。いわゆるハーフですね。

結婚していきなり2児の母親になった麻実れいさん。

その際、最初に家族構成をきちんと決めたそうです。

「亡くなったお母様は君たちのお母さん。私はターコさん(自身の愛称)。何かあったときに呼んでと。それが良かった」

そしてこんなエピソードが

ある日、息子たちが苦情を言いにきた。母の写真がなくなったという。夫が自身を気遣い、どこかにしまったと知った。「それはダメだと彼(夫)にいってね。一番、太陽が燦燦と照るコーナーにお母さん写真を置いたら、それで安心して落ち着いた」

(引用元:sankei)

ただただこんなふうに息子さん達に遠慮していたわけでもなく、息子さんたちに怒る時は徹底的に叱り、褒めてあげる時は思いっきり褒める。
そんなつながりがまたひとつの家族になっていくのでしょうね。

追記:

2016年8月26日、テレビ『徹子の部屋』に出演されていた麻実れいさん。その時に孫が4人いると話されていました。綺麗なおばぁちゃんですよね。

夫とは

とも固い絆でつながれていると言います。旦那さんは、前妻を病気で亡くしているだけに、麻実さんの健康を心配し、しっかりとサポートしてくれるんだとか。

ある日の事、稽古の後クタクタになって戻ったら、食事が用意されていたそうです。フランスなどで仕事をしてきた旦那さんの感覚はグローバルで食事を作ることも苦にならないそうです。

そして、蓋をあけたら、まさに男の料理で野菜を蒸したもの、特ににんにくがたくさん入っていたそうです。それは、麻実さんに体力をつけさせようという心遣い。

そんな旦那さんに対して麻実さんは感謝しているそうです。

なんとも心温まる夫婦愛ですよね。お子さんともたとえ血の繋がりがなくても関係は良好。みんなお互いを信じ合っているのでしょうね。ほんと素敵なご家族です。

父は?

お父さんは、刀剣の鍔(つば)を作る職人。刀のある家に育ち、お父さんの背中を見て育ったそうです。

麻実さんは、子供の頃から1人でいるのが怖いと思ったことは、一度もないそうです。

自宅で仕事をしていたお父さんだったから、学校の送り出しやお出迎えは常にしてもらっていたそうです。だからどこかで常にお父さんに守られているという想いがあったといいます。

そんな父が「人間出来ないことはないよ」ということを、よく言っていたそうです。

失敗を恐れずに努力して突き進む・・この父の教えにより麻実れいさん夢に向かって真摯に取り組んでこられたようです。

麻実さんにとってお父さんは大きな存在だったでしょうね。

そんなお父さんが細工を施した形見を今でも大切にしているという・・。

飛行機事件の真相

1985年8月、宝塚歌劇団退団直後のことだったそうです。この日は、日本航空123便墜落事故当日だったという。たまたま仕事が早く終わったため、123便をキャンセルし1便早い飛行機に乗り換えたそうです。

1便早くせずにそのまま搭乗していたら・・と考えるとほんと怖いです。事故の映像が流れるのを見ると心が痛みます。

また明石家さんまさんも当便に搭乗予定だったそうです。が、当時レギュラー出演していた『オレたちひょうきん族』の収録が予定より早く終了したため、全日空の早い便に振り替えたという。

まとめ

元宝塚歌劇団のトップスターだった麻実れいさんは結婚し、夫・子供と共に幸せな生活を送られていました。

今後も舞台女優としてどんどん活躍し、またテレビ出演ももっとしてほしいなぁと思いました。

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