北の富士勝昭、嫁や子供の事。昔は超絶に貧乏、相撲時代は副業で大儲け。

北の富士勝昭さんといえば、元大相撲力士・第52代横綱で歯に衣着せぬ物言いでNHKの大相撲の取組の解説を長年担当されています。

現役時代から破天荒で型破りで注目されていた北の富士勝昭さんは、ダンディでオシャレとしても有名でした。一体どんな方なんでしょう。

スポンサーリンク

北の富士勝昭 プロフィール・経歴

【芸名】北の富士勝昭(きたのふじ かつあき)
【本名】竹澤 勝昭(たけざわ かつあき)
【出身】北海道旭川市
【生年月日】1942年3月28日
【身長】185

北の富士勝昭さんは1957年1月場所で初土俵をふみ、1964年1月場所に入幕して、1965年に第52代横綱に昇進します。1974年7月場所に32歳の若さで引退して、現在は相撲解説を務めています。

入門当初は期待に反して出世は遅れ、また先輩力士からリンチに近い猛稽古の制裁を受けたりしていましたが、後に有望力士とみられるようになっていきました。

現役引退説

断髪式の後に白のタキシード姿で登場!自らの持ち歌を披露して会場・関係者を驚かせ、また短期間に40kg近いダイエットを敢行し、ダイエット後のスリムな容姿で周囲を驚かせていました。

千代の富士の親方

北の富士さんが引退した後、1977年に井筒部屋と合同させる形で九重部屋を継承しました。その後、ウルフこと千代の富士さんを第58代横綱に育て上げたことで知られるように。

1992年に引退した千代の富士(九重親方)に九重部屋を譲り、北の富士さんは八角部屋に移籍しました。

嫁や子供の事

北の富士さんを調べていくと「結婚」「子供」「」といったワードが上昇していたのが気になりました。結婚して子供がいて孫がいて・・と想像してしまいましたが現実はどうなのでしょうか?

第52代横綱として君臨していた北の富士勝昭さん。

現役時代は「現代っ子横綱」「イレブン横綱」「名門の二男坊」「夜の帝王」「プレイボーイ横綱」など横綱にしては珍しいあだ名を付けられていました。

そんな北の富士さん、実際の女性関係はどうだったのでしょうか?

北の富士さんの奥さん情報はあるサイトによれば、結婚するも離婚しその後、元ホステスさんと再婚したとのこと。

一般の方なのか詳しいことや年齢などはわかりませんでした。また子供さんについても噂や信憑性ある情報はありませんでした。

トーク番組などに出演し、家族について話されることがあり詳しいことがわかれば追記していきたいと思います。

貧乏時代を経験

羽振りよさそうな雰囲気でダンディで男前。そんな北の富士さんが昔貧乏だったということについてなんだか衝撃を受けました。

少年期に父親が事業に失敗し、3回に渡って夜逃げを経験。

中学校卒業、相撲部屋に入門する際に靴を買うお金すらなく、学生服に下駄履きだったという北の富士さん。上野駅に降りた際、お母さんからいざという時のため換金用に渡されたアズキ三袋を手にしていました。しかし転んで道に撒いてしまったという・・。

アズキについて
『アズキ相場』という言葉が伝わるように、当時はアズキは先物取引に利用されるなど有価証券さながらの扱いを受けていた。

自分達もきっと苦しいのに息子の為に高価なアズキを渡すなんて素敵なお母さんですよね。

副業で成功

現役当時から北の富さんは、栃王山さんと共に名古屋でキャバレー「月世界」を共同経営し、札幌市や名古屋市では 「ちゃんこ 北の富士」を経営するなど、相撲業以外にも熱心に副業に取り組んでいました。

さらに、その低音ボイスの魅力からレコード発売を勧められ、1967年に「ネオン無情/チャンコ花唄」を発売し50万枚を売り上げました。

1969年には人気歌番組だった『夜のヒットスタジオ』に歌手として出演。

スポーツ選手の板東英二さんを思い出しました・・笑。相撲界においても副業でも成功させるって凄いですよね。

まとめ

NHKの相撲解説が面白い、歯切れがいいなど評判が良い北の富士勝昭さん。今では元横綱・千代の富士さんの親方として知られていますが、現役力士時代には歌手としてヒット曲を歌ったり、様々な話題があったようですね。

現在でもダンディな北の富士さん、今後もどんどん活躍していってほしいですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク