志穂美悦子の今は?娘・息子もそれぞれの道へ。長渕剛との馴れ初め


志穂美悦子の今は?娘・息子もそれぞれの道へ。長渕剛との馴れ初め
出典元:長渕悦子公式サイト「Love&Fight」

アクション女優として一世風靡した志穂美悦子さんをご存知でしょうか?

芸能界で活躍されていましたが長渕剛さんと結婚後は表舞台から去り家庭に入られテレビでみることはありませんでした。

そんな志穂美悦子さんの現在の様子や子供さんに関して調べていきたいと思います。

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志穂美 悦子 プロフィール・経歴

【芸名】志穂美 悦子(しほみ えつこ)
【本名】長渕 悦子(ながぶち えつこ)(旧姓:塩見 悦子)
【出身】岡山県
【生年月日】1955年10月29日
【血液型】A

父親が大蔵省造幣局に勤務する家庭に長女として生まれる。弟が一人いる。

子供の頃から運動が得意で、中学・高校と陸上部に所属。中学では陸上大会で歴代2位。

高校になるとドラマ『キイハンター』のアクション俳優・千葉真一さんに憧れ、女性スタントになりたいという夢が膨らみました。

そして志穂美さんは、夢を夢で終わらせるのではなく実現しょうと、1972年に千葉真一主宰の「ジャパンアクションクラブ」の入会試験に挑みます。

難関といわれながら見事試験に合格し、晴れて「ジャパンアクションクラブ」に入会。ここに日本人初の女性スタントが誕生したわけです。

1973年、千葉真一主演の映画『ボディーガード牙』で妹マキのスタントを吹き替えで出演し、女性スタントとして念願のデビューを果たします。

また、そのしっかりとした演技がかわれて『ボディーガード牙』の続編では吹替ではない妹マキ役で出演。

志穂美さんの美しさ、健康的でセクシー、アクションを難なくこなすカッコよさから一躍人気者に。

映画『必殺女剣士』シリーズの主役に抜擢されるなど、もはや女性スタントとしてではなく、女優として数々のアクション映画に立て続けに出演。

このように人気アイドルの地位を不動のものにしていき、以降、数々の名作品の映画やドラマに出演していきます。

そして、人気絶頂の頃にシンガーソングライター・長渕剛さんと結婚し芸能界を引退し専業主婦の道に。

現在は?

しばらく芸能界を離れていた志穂美さんは、花ソムリエの資格を取得し現在「長渕悦子」の名前でフラワーアーティストになっています。フラワーアレンジ業界では結構名前は知れ渡っていて、意欲的に活躍されています。

2011年11月20日には、長渕さんが経営する自由が丘のカフェ「ROCK ON」の特別企画に賛同し、

東日本大震災復興支援・チベット難民キャンプ支援としてフラワーアレンジメントの写真集『Flower Arrangement INSPIRE 〜いちかばちか〜』を自費出版で発売。

それに伴い、約5年ぶりに公の場に姿を現し、握手会とサイン会を催した。尚、売上金は全額寄付されたという。

アクション女優から見事に転向され成功されているって素敵ですし、色々な才能があって羨ましいです。でもそこに至るまで相当努力はされているでしょうね。

娘・息子もそれぞれの道に

1987年8月29日に長渕剛さんと結婚

その後、1988年3月17日に長女・文音さんを授かったのを皮切りに、長男・航(WA航RU)さん、次男・蓮さんと3人の子供たちを授かります。

その子供たちは各々に活躍されています。

長女・長渕文音

文音 プロフィール
【芸名】文音(あやね)
【本名】長渕文音
【出身】東京都
【生年月日】1988年3月17日
【学歴】明治学院大学国際学部卒

4歳のころからクラシックバレエをされていたようですが14歳の時に足を痛め断念。

語学にも興味があったようで中高ともに英語コースを専攻。高校は関東国際高校 外国語科英語コースに入学。高校一年時にはスピーチコンテストで全国大会に出場した程の語学力の持ち主。

2008年に映画『三本木農業高校馬術部』で主役としてデビューを果たします。

第33回「報知映画賞」新人賞
第32回「日本アカデミー賞」新人俳優賞

2012年7月、24歳の時にニューヨークへ渡り1年8ヶ月間芝居の勉強をするために留学。

日本人ただ一人の中で練習に励む。

2014年5月に帰国し、芸名を「文音」に改名し、同年9月に女優業を再開。

お母さんに似て綺麗な人ですよ〜。

長男・長渕航

WA航RU プロフィール
【芸名】WA航RU
【本名】 長渕 航(ながぶち わたる)
【出身】東京都
【生年月日】1989年2月2日

WA航RUさんは、父の支援を受ける事なくライブを中心にインディーズで活動しているラッパー。

また学生時代には、極真空手で全日本大会優勝経験を持つという猛者です。きっとこの強さは母の志穂美悦子さんの強さを引き継いでいるのではないでしょうか。

次男・長渕蓮

長渕蓮 プロフィール
【芸名】長渕蓮(ながぶち れん)
【本名】長渕蓮
【出身】東京都
【生年月日】1994年2月28日

2歳の時に車のエンブレムを覚えたり、小学校時代の夏休みに提出する自由研究では全て車に関する物を題材にするほどの車好きな少年として育つ。

12歳の時にF1ドライバーを目指します。そして、ついにはプロのレーシングドライバーになります。しかし2014年7月の事故で腰椎を痛める怪我をしてしまい、2015年に引退することになってしまいました。

引退後は幼少の頃から慣れ親しんできた音楽への道を進む事に。

佐藤琢磨さんと親交があり、ヒューマンビートボクサー、YoutuberのHIKAKINとも交友があり、彼の動画にも度々登場している。

3人とも長渕剛さん、志穂美悦子さんの両方のDNAを引き継いでいて各々にそれぞれの道で活躍されていますね。

これからどんな形で活躍されていくか楽しみですね。

長渕剛との馴れ初め

長渕剛さんとの結婚後は、長渕さんの起こした不倫や事件など、いろいろありましたが現在は平穏に暮らしているようです。

そんな志穂美さんと長渕さんが結婚する前の馴れ初めは
志穂美さんは、1986年6月からドラマ『親子ゲーム』で元暴走族でラーメン屋を営む青年(長渕剛)と同居する恋人を演じました。

撮影中に志穂美さんは左手小指の付け根を骨折、病院に向かう志穂美さんに長渕さんが付き添ったことから親密となっていきます。

そして、不器用ながらもお互い魅かれ合っていくカップルが描かれた映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも長渕さんと共演し、志穂美さんにとって最後の映画となった。

この頃には公に親密に交際を育んでいることを双方とも認めていました。

1987年8月29日にはれて長渕さんと結婚。

長渕さんは入籍のみで済ますつもりだったそうですが、初婚である志穂美さんは「芸能人としてでなく、普通の人としてひっそり式を挙げたい」という希望から、

9月17日に師匠である千葉真一さんが修行した寺の近くにある奈良県天川村の天河大弁財天社で、双方の両親と親しい知人のみの参列を前に式を挙げました。

ちなみに長渕剛さんは、志穂美さんと結婚する前は石野真子さんと結婚し1年余りで離婚されています。

まとめ

現在は、フラワーアーティストで活躍中の志穂美悦子さんですが、結婚前は女優としての華やかなアイドル時代があり、そして、結婚を機に芸能界を引退しました。

人気絶頂の中での引退、まるで山口百恵さんを思い出しますね。

結婚後は、夫である長渕剛さんを支えるとともに、才能ある個性あふれる子供たちを育て上げました。

ますます輝く志穂美さんに目が離せませんね。

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