倉本聰、妻は女優の平木久子で子供は?脚本家になるまでの経緯。西田ひかるとの関係。

倉本聰、妻は女優の平木久子で子供は?脚本家になるまでの経緯。西田ひかるとの関係
出典元:倉本聰 界隈(公式サイト)

北の国から』の脚本家として知られている倉本聰さん。80歳を超えても、なお執筆活動をされているタフで凄い人です。

個人的には北海道のイメージが強過ぎるのですが・・・一体どんな方なのでしょうか?

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倉本聰 プロフィール

【芸名】倉本聰(くらもと そう)
【本名】山谷馨(やまやかおる)
【出身】東京都
【生年月日】1934年12月31日

東京都の代々木で誕生し、4歳で杉並区の善福寺に引っ越しました。

父は、山谷太郎さんといって俳号を持つ俳人で『野鳥歳時記』を残された。

幼い倉本さんを連れてよく山歩きに出かけたといいます。

倉本さんが大自然への憧憬や愛着が強いのは、こういった経験が影響を与えているのかなぁと思いますね。

母は綾子さんといって実は後妻なんだそうです。そして兄と姉は、前妻の子供。下には妹・弟がいて5人きょうだいでした。

家族仲が良かったため、倉本さんは母が後妻であることに10歳まで気がつかなかったそうです。

両親はともにクリスチャン。

名門校で知られる、麻布中学・高校に通っていた。

そして中学・高校時代の同級生には西武鉄道グループオーナーの堤義明さん。

また、銀座山野楽器の息子さんも同級生だった。その縁で、山野楽器店にあった当時は高価だったテープレコーダーを自由に使う事が出来たそうです。

そして、友人らと一緒にそのテープレコーダーを使い、音声ドラマを制作。 倉本さんいわく これが人生で最初に作ったドラマなんだそうです。

2浪して東京大学文学部美学科に入学、卒業。

倉本さん自身に東大へのこだわりはなく、どうやら母親の願いだったようです。

倉本さんいわく「お父さんもお兄さんも東大だったから。お母さんは腹違いの兄への対抗意識があったんじゃないかと思う」と。

妻は女優の平木久子、子供は?

倉本聰さんの奥さんは、女優の平木久子(ひらき ひさこ)さん。

倉本さんと同じ1934年生まれ、東京出身で演劇集団 円に所属されています。

出会いは
倉本さんが所属していた演劇「仲間」に久子さんが入ってきたことで知り合いました。

そして27歳の時に結婚。

倉本さんが富良野に移住した後、久子さんは東京で舞台女優として活動されていました。後に富良野に移られたようです。

子供は?
お二人の間には娘さんがいて、イラストレーターの倉本由美さん。

由美さんは、元々は知り合いの娘さんで養女なんだそうです。

イラストレーターとして、北海道富良野市で製造、販売されている「ふらのワイン」のラベルを手がけられています。

また、ふらのワインの製造工場には由美さんのイラストも飾られているようです。
(出典元:gurutabi)

脚本家になるまでの経緯

大学を卒業後、1959年にニッポン放送に入社。

局では本名でディレクター・プロデューサーとして勤務する傍ら「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行っていたという。

『パパ起きてちょうだい』が脚本家デビュー。

会社に内緒で脚本活動を行なっており、当時は夜10時に会社を出て帰宅してから脚本を書き午前4時頃に就寝、2時間ほどの睡眠で出社する毎日だったという。

私たちが知っている「倉本聰」という名前は実はペンネームだったんですね。

1963年にニッポン放送を退社。

退社に至っては
若手の脚本家ではなくベテランの脚本家ばかり起用していたが、それを上司に咎められたうえ「最近倉本って若手が出てきたから一度会って来い」と命じられ、そろそを潮時かと思ったという。

また、2時間睡眠の生活を2年も続けると「もたない」と思い、また掛け持ちを続けるのは体力的にも限界だったそうです。

その後、フリーの脚本家になる。がNHK大河ドラマ『勝海舟』製作で色々あった。 NHKとはこのトラブルから20年以上絶縁状態にあったが、1999年の『玩具の神様』で復帰したようです。

1977年、富良野に移住。

1981年、富良野を舞台にした家族ドラマ『北の国から』で話題を呼びました。

以降、北海道を舞台とした数々のドラマでも有名。

また、1984年には富良野市布礼別にて「富良野塾」を私財を投じて開設し、26年にわたって主宰。

こうした経緯をみると、倉本さんのおかげで富良野が広まったと言っても過言じゃないですよね。

西田ひかるとの関係

倉本さんは、西田ひかるさんを好きな余り、愛犬に「西田」という名前をつけていたそうです・・笑。かなり面白い話しです!

この件については、2010年10月15日のテレビ『A-Studio』で嵐・二宮和也さんが倉本聰さんに関して暴露していたようです。

ちなみに、二宮さんは倉本さんに対して「そうちゃん」と呼んでいるそうです。そんな倉本さんは二宮さんを絶賛しているそうですよ。

二宮さんってアイドルだけどかなり演技が上手ですものね。納得・・。

まとめ

80歳を越えられた今でも元気な倉本聰さん。いつまでも元気でいてほしいですね。

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