渡辺マリ、東京ドドンパ娘の火付け役。一時引退していた理由は生い立ちが原因?

渡辺マリ、東京ドドンパ娘の火付け役。一時引退していた理由は生い立ちが原因?
出典元:YAHOO!

昭和36年に「ドドンパ」旋風が巻き起こりました。その火付け役となった『東京ドドンパ娘』を歌ったのが渡辺マリさん。この歌は今だに多くの歌手によって歌われている日本の歌謡曲。

そんな渡辺マリさんについて、調べていきたいと思います。

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東京ドドンパ娘の火付け役、一体どんな人?

渡辺マリ プロフィール・経歴

【芸名】渡辺マリ(わたなべ まり)
【本名】渡辺 智美
【出身】埼玉県さいたま市
【生年月日】1942年11月28日

開業医をしていた父親、5人兄弟の末っ子として生まれた渡辺マリさん。

何不自由なく恵まれた環境で育ちました。

「箱入り娘」として少女時代を過ごす環境でしたが、渡辺さんは小学生の頃から男子の子分を引き連れるような性格だったようです。

そんな活発なお転婆娘を見た母親は「この子は好きな事をさせよう」と思っていたという。

音楽好きな彼女は、ジャズを聴いていくうちに次第に歌手に憧れるようになります。

1960年「のど自慢」に出場しスカウトされ歌手になります。

シングル『ムスタファ/ク・ク・ル・ク・ク・パロマ』でデビュー。トルコ産の外国曲だったようです。

1961年に発売された『東京ドドンパ娘』が、パンチの利いた独特の歌声とドドンパのリズム感で話題を呼びました。

ちなみにこの『東京ドトンパ娘』は、大阪のクラブで生まれたラテン・リズムで東京から大ヒットをとばしました。

そして、新人としては当時異例の15万枚を越すヒットを記録。

その後、『東京ドドンパ娘』は井上陽水さんや他様々な有名アーティストによってカバーされています。

こうして「第二の江利チエミ」と高評価を得ていた渡辺マリさんでしたが、『銀座ジャングル娘』『黒い蝶のブルース』などをリリースするもヒットに結びつきませんでした。

現在は、時折懐メロ番組に出演し、往年の歌声を披露されています。

病気を発症

現在、74歳の渡辺マリさん(2017年4月現在)。実は、60代の時に肺がん口腔がんで2度の闘病生活を送っていたことがあるそうです。

がんを克服し、こうしてまた元気な姿をテレビで拝見することは、見ているわたしたちは元気をもらえます。

一時期引退していた理由

これまでの歌謡界ではマンボやジルバ、チャチャチャなどのリズムが流行っていましたが、『東京ドドンパ娘』のヒットで、ドドンパのリズムが大流行しました。

しかし、その後、意外にも渡辺マリさんはヒット曲が続かずに早々に引退しました。

でも引退の裏には、ヒット曲があるかないかだけではなかったようです。

歌うことは凄く楽しかった渡辺マリさんでしたが、どうも芸能界に馴染めなかったそうです。

デビューするまでは「ごきげんよう」と挨拶してたのが、芸能界に入ったら、朝でも夜でも「おはようございます」。

そんな些細な小さい疑問から渡辺マリさんは、

夜なのになぜ「おはよう」なの?って言うと周りの人たちから「あいつはゴネマリだ」と呼ばれることもあったそうな。

ただただ、単純な疑問を口にしただけなのに、それを何でおかしいと言われるのか・・。

また、渡辺さんは人を押しのけてスターになってやろうという欲がこれっぽっちも無かったという。

だからヒットしても何か虚しい気持が、当時はあったようです。

こうして渡辺マリさんの気持と周りの環境のギャップとが、どんどん生じてしまっていったそうです。

人を押しのけて這い上がろうとする気持ちがなかったのは、渡辺マリさんは育ちのいいお嬢さんだったからというのもきっとあるでしょうね。

ドロドロした芸能界というところに水が合わなかったんでしょう。

こうして、一時は歌う事から離れていた渡辺さんでしたが、再び歌っておられる姿を見てやっぱりいいなぁと思います。

まとめ

渡辺マリさんは、一時期は大好きな歌から離れ、そして病気・・・色々あった人生かと思います。

でも渡辺マリさんの歌は健在です。これからも元気で歌を歌い続けてほしいと願います。

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