高橋洋子、朝ドラのヒロイン女優から小説家に。夫や子供は?松田優作との秘話

高橋洋子、朝ドラのヒロイン女優から小説家に。夫や子供は?松田優作との秘話
出典元:YAHOO!

女優として清純な朝ドラヒロインから過激な役まで演じ人気を博していた高橋洋子さん。そして才能は演技だけでなく小説家としても名を成し活躍。

そんな高橋さんについて調べていきたいと思います。

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朝ドラ・ヒロイン女優から小説家に

高橋洋子 プロフィール・経歴

【芸名】高橋 洋子(たかはし ようこ)
【本名】三井 洋子(旧姓:高橋)
【出身】東京都大田区
【身長】158
【生年月日】1953年5月11日
【趣味】料理・旅・車

1972年、東京都立三田高等学校を卒業後、19歳の時に文学座付属演劇研究所に入所。

同年、斎藤耕一監督の『旅の重さ』の主役オーディションに合格し、ヒロインを務める。

翌年の1973年には、NHK朝ドラ『北の家族』のヒロインに選ばれ、さらに知名度が上がる。

1974年、熊井啓監督の『サンダカン八番娼館 望郷』で、主人公、娼婦おさきの10代から30代を見事に演じ、女優としての地位を確立。

2016年秋、山口県で先行公開される『八重子のハミング』に出演。『パイレーツによろしく』以来28年ぶりの映画出演を果たす。

小説家

女優として着実に実力をつけてきた高橋さんが、小説を発表したのは1981年のことでした。

1981年、『雨が好き』で第7回中央公論新人賞を受賞する。

1982年、『通りゃんせ』が第87回芥川賞の候補作となり注目を集める。小説は50万部も売れるほど。

1983年には、その小説を自らの監督、脚本、主演で映画化し、話題となった。

以降、多くの小説やエッセイを出版する。

なぜ?小説を書こうと思ったのか

19歳で文学座に入って、29歳で新人賞をとるまでの10年間、無我夢中で階段を駆け上がるように女優をされてきたという高橋さん。

本人いわく、

小説を書いたのはきっと女優として不安だったんでしょう。いろんな役をやって、自分がどの役が合っているのかわからなかったり、少女の役で当たっちゃったため、大人の女性を演じるのに悩んだり……。

演じていくうちに、本来の自分って何?って思うこともあるのでしょうね・・。女優って綺麗ばかりでなく大変なお仕事だと思います。

夫や子供は?

ギタリストで作曲家の三井誠(元・クラフト)さん。詳細についてはプライベートということもあり一切わかりません。子供さんはいるという情報はありますが、この件に関してもおそらく一般の方だと思うので情報はありません。

松田優作との秘話

高橋さんと文学座で同期だったのが、松田翔太・龍平さんを子供にもつあの名スターの松田優作さん。当時、松田さんも映画『狼の紋章』やドラマ『太陽にほえろ!』に出演し人気を博していた。

そんな2人は、1976年映画『ひとごろし』で共演。

京都の東映で撮影だったようですが、高橋さんは、東京から車(シビック)を持っていったそうです。その時、松田さんが「いいなあ、乗せろよ」と、大きな優作さんが、小さくなって助手席に乗ったそうです。

そして、嵐山などいろいろドライブをしたそうです。

それで、松田さんとよく焼き肉屋さんに行ったそうです。でも松田さんは、センマイ刺しが大好きで、焼いたお肉は「洋子肉食え、食え」って、ほとんど高橋さんにあげていたようです。

だから、高橋さんいわく、

「あの映画では太っているの。優作さんに太らされたのよ(笑)」と・・。

同期で凄く仲が良くて素敵な関係だったんでしょうね。

まとめ

素敵に年を重ねられている高橋洋子さん。今後の活躍も期待したいです。

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