上條恒彦、妻は16歳年下で息子と田舎暮らしが快適。宮﨑駿監督が絶賛


上條恒彦、妻や息子と田舎暮らしが快適。宮﨑駿監督が絶賛
出典元:ケイセブン中村屋

歌手・俳優・声優をこなす上條恒彦さん。

1980年代、丸大食品のウインナー、フランクフルト商品のCMソングを担当し、その名前をしらなくても歌声を記憶している方が多いのではないでしょうか?

またジブリアニメ『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』など、声優としても活躍されています。

そんな上條さんについて調べていきたいと思います。

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上條恒彦 プロフィール・経歴

【芸名】上條恒彦(かみじょう つねひこ)
【出身】長野県
【生年月日】1940年3月7日
【身長】176
【体重】75
【血液型】O
【学歴】長野県松本県ヶ丘高等学校卒
【その他】ケイセブン中村屋 所属

長野県に生まれた上條さん。

高等学校を卒業後、1958年4月に上京。

そして数々のアルバイトをすることに・。

雑貨品問屋の住み込み店員、新聞配達、サンドイッチマン、うたごえ喫茶の歌手など約15種類の職業を経験。

1964年3月、初めて労音で勤務し、後に歌手としてデビューするきっかけとなる。

1971年、グループ「六文銭」と共演した『出発の歌』で、三重県合歓の郷で開催された「ポピュラーソング・フェステバル’71」のグランプリを受賞。

次いで11月、第2回世界歌謡祭でグランプリ・歌唱賞を受賞。

1972年には、第23回NHK紅白歌合戦にヤング101と共に初出場する。

また、フジテレビ系列の時代劇『木枯し紋次郎』の主題歌『だれかが風の中で』を歌いヒット。

9月には「日本歌謡祭」で『橋』が入賞。

1973年2月には、沖縄海洋博の歌『珊瑚礁に何を見た』を制作する。同年、『さよならの世界』で第4回世界歌謡祭の歌唱グランプリを受賞。

俳優としても活動し、『3年B組金八先生』の社会教師・服部肇役として出演。

1985年に鳥取県で開催された「わかとり国体」では、大会テーマ曲の『スピリッツ』を秋季大会開会式で歌う。

妻や息子と田舎暮らしが快適

1968年に舞台で知り合ったという16歳年下女優の卵だった悦子さんと結婚

子供は

なんと子供さんは息子さんが4人もおられるそうです!
1969年に長男、1970年に次男、そして三男四男と・・。少子化のこの時代に凄いです。

4人とも芸能関係ではなく一般の方のようです。

田舎暮らし

もともと田舎暮らし「赤毛のアン」の世界に憧れていた奥さん、子育てをするなら「自然の中で子どもを育てたい」という気持ちがあったようです。

また上條さん自身も「都会ぐらしはもういいかな」と感じていたことから、雄大な山に囲まれた長野県に田舎暮らしを始められました。

当時、1歳と3歳の幼い息子2人と共に引っ越した上條夫妻。妻の悦子さんは厳冬期の寒さと、また上條さんは、東京での仕事もあるため単身赴任状態で不安に涙した夜もあったといいます。

初めての経験で慣れるまでは大変だったでしょうね。

しかし慣れてからは、畑を借りていろんな野菜を作り、犬を連れて周辺を散歩し、森の中に小さな知らなかった花を見つけ、それを図鑑で確かめるなど・・田舎暮らしの楽しさを満喫していたようです。

そんな田舎暮らしも現在、子供たちは独立し大きな家に2人。

子供たちが大きくなるにつれ、上條さん、奥さん自身も年齢を重ね、今となれば田舎暮らしもなかなか大変になってきたようです。

田舎暮らしは、空気が綺麗で自然が美しかったり、食べ物が美味しかったり、生活ものびのび出来て、いい面はたくさんありますけど、元気があってこそですものね。

宮﨑駿監督が絶賛

上條さんが、さまざまな種類の野菜を作られ、奥さんがその野菜をお料理されているようです。

そして『八ヶ岳山麓 上條さんちのこどもごはん』というお料理の本を出版されるほどの出来栄えなんだそうです。

不在がちの父と4人の息子をつないできた「父ちゃんが作った畑の野菜」を食卓においしく載せることで、父のいる食卓を演出。

そのアイデアに宮崎駿監督もほれ込み、ジブリ美術館カフェのメニューも任されたそうです。

この本は、子どもが喜び、一緒に食べたい素朴だけど夢のあるレシピが満載。

子育て世代や、孫に自作の野菜を食べさせたい世代にもお勧め。手軽が受ける時代だからこそ、逆に本物の味で育てたい。そんな願いがかなうレシピ本。

あの宮﨑監督を絶賛させた奥さんって凄いですよね。

まとめ

これからも元気で、素敵なご夫婦でいてほしいと願います。

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