松木安太郎、嫁・娘・孫と暮らす3世帯。実はサッカーの経歴が凄かった


松木安太郎、嫁・娘・孫と暮らす3世帯。実はサッカーの経歴が凄かった
出典元:松木 安太郎 ジャパン・スポーツ・プロモーション

まず第一印象として声が大きい松木安太郎さんは、初心者でも楽しめるサッカー解説で人気があります。

サッカー好きのタレントというイメージがあり、松木さんが元サッカー選手だったということを若い人達はあまり知る人は少ないといいます。

実は、日本代表選手でもあり、最年少で監督をするも2度Jリーグ優勝に導いている凄い人なのです。

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松木安太郎 プロフィール・経歴

【芸名】松木安太郎(まつき やすたろう)
【出身】東京都中央区
【生年月日】1957年11月28日
【身長】168
【体重】68
【血液型】A
【学歴】日本体育大学体育学部体育学科卒

16歳で読売サッカークラブ・トップチームに最年少選手登録。

その後、日本代表として活躍し90年に現役を引退。

1993年、ヴェルディ川崎のヘッドコーチ、翌年には監督に就任。

その後もセレッソ大阪の監督や現・東京ヴェルディ監督を務める。

近年は解説者として活躍するほか、サッカー教室なども行う。

嫁・娘・孫と暮らす3世帯

松木さんの実家は、東京都中央区日本橋にある明治2年創業の老舗のうなぎ屋「近三」。

3歳くらいまでは店の奥にある一部屋で、両親と暮らしていたといいます。

その後、祖父が千葉県・市川市に家を買い、両親と松木さんもそこで暮らすように。

そして松木さんが20代前半のころ。お父さんは他界、自身はサッカーでこの先ずっと食べていけるかどうかわからない。

そういった事情を考え、お母さんは敷地内にアパート3棟を建てて貸すことに決めたんだそうです。

松木さんとお母さん、ふたりでいろいろ相談しながら間取りなどを考え、家は新しくなりました。

家は新しくなったものの、松木さんはサッカーで日本代表に選ばれ、遠征があったりで家を空けることが多かったようです。だから、家に帰るといろいろなプレッシャーから解放されホッとするんだそうです。

その後、松木さんが30歳のときに結婚をして3人の娘さんたちが授かり家族が増えました。

そして今は、3人の娘たち、もみんな一緒に松木さん宅で暮らしています。

生活スタイルはバラバラなので、みんなでそろって食事をするようなことが滅多になく、それぞれが自分のペースで自由に暮らしているそうです。

一緒にいるんだけど、ほどよい距離感がありプライベートが確保されていて理想的な感じですよね。

松木さんが娘さん3人もいらっしゃるなんて思いもしませんでした・・。

サッカー経歴が凄かった

サッカー中継の解説でお馴染みの松木安太郎さん。

「シュート打て、打てっ!」「いいよ、いいよー」など、まるで居酒屋で応援しているような解説が当初は「うるさい」とあまり評判がよくありませんでした。

しかし、次第にその解説が受け入れられ、今では松木さんじゃないと物足りないと言われるぐらいの人気解説者に。

そんな松木さんですが、実は解説だけが熱い人ではなくて、往年のサッカー選手であり監督経験者です。

暁星小学校時代からサッカーに打ち込み、全国サッカー少年団大会に出場。

中学に進学すると「読売サッカークラブ」へ加入し、トップチームへ昇格。

1976年、バルコム監督の抜擢もあって日本サッカーリーグデビュー。

チームメイトから批判もあったそうですが、練習量と持ち前の闘争心で出場機会を掴んで行った。

1983年からは、主将としてチームを日本サッカーリーグ優勝3回、天皇杯優勝3回、JSLカップ優勝1回に貢献。

引退後

Jリーグが開幕したばかりのヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)の初代監督を1993年から2年間監督を務めた。

当時、35才の若さで監督を務めた松木さんは、キングカズやラモスなどのスター軍団を率いていた。

2年連続で第2ステージで優勝し、チャンピオンシップも制しての2年連続優勝。同時にJリーグ初代優勝監督でもある。

松木さんは選手としても監督としても、成功したと言える凄い方なのです。

まとめ

サッカー選手・監督を経験し、次は解説者として第三のサッカー人生を歩む松木安太郎さん。

そんな松木さんの解説は、極力専門用語を使わないということから、老若男女にわかりやすく、テレビ局関係者も絶賛しているようです。

これからもどんどん活躍されていかれるでしょうね。

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