小林照子、娘の小林ひろ美や夫はどんな人?経歴が凄い


小林照子、娘の小林ひろ美や夫はどんな人?経歴が凄い
出典元:美・ファイン研究所

奇跡の美肌と言われている小林照子さん。驚くことになんとその歳は80歳代!そんなメイクアップアーティス、美容研究家として活躍している小林さんについていろいろ調べていきたいと思います。

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小林照子 プロフィール

【氏名】小林照子(こばやし てるこ)
【出身】東京都練馬区
【生年月日】1935年2月24日
【職業】メイクアップアーティスト・美容師・美容研究家

株式会社 美・ファイン研究所所長
株式会社フロムハンド代表取締役社長 / [フロムハンド]メイクアップアカデミー学園長
青山ビューティ学院高等部学園長
JMAN(Japan Make-up Artist Network)理事
エンゼルメイク研究会 副会長

娘の小林ひろ美や夫はどんな人?

小林さんは27歳の時に、5歳年上の男性と結婚し、29歳で長女を出産しました。

その娘は、小林ひろ美さんといって母親の照子さんと同じく美容家で活躍されています。

小林ひろ美 プロフィール・経歴

【氏名】小林ひろ美(こばやし ひろみ)
【出身】東京都
【生年月日】1964年3月11日
【職業】ビューティディレクター
【学歴】日本大学芸術学部映画学科卒

まさかのガングロ時代

実は、ひろ美さんは最初から美容関係の道に進んでいたわけではありませんでした。

母の教えである「美白」それをダサいと思っていたひろ美さんは、価値観と世界観が交わることはなく、思い切って留学。

最初はロサンゼルス、そしてフロリダ、さらにブラジル。太陽を求めて南下の旅。

そして10年間は別世界にいました。

翻訳や通訳、ラジオのDJ、スカンジナビアのPRなど、全く美容とはかけ離れた仕事をしていたと言います。

だから美容家の母が何と言おうと「日焼けこそ、我が人生!」「ガン黒人生」を満喫していたようです。

しかし、32歳のときに今までの行いがたたって、シワ・しみ・くすみ・たるみが一気に襲ってきて、またメンタルもリンクしてどっぷりと落ち込んだといいます。

そんな37歳の時に転機が!!

大学時代の友人と温泉旅行に行き、いつもの肌の手入れをなにげなくアドバイスしたら、皆に感激されたそうです。

「そういうことを教えてほしいのよ」「あなたの家は、お母さんが美容家だから特別なのよ」と。

その言葉を聞いて、すべてが吹っ切れて。自分でも役に立つことがあるんだと・・。

母親と同じ舞台に立っても、比べられるだけ。だから、メイクの仕事をあえて避けていたのかもしれなかった彼女は、長い回り道をしたけれど、美容家として活動して行く決心を。

そしてブラジル・アメリカでの生活やスカンジナビア政府観光局での仕事経験を生かし、グローバルな視点からビューティトレンドやメソッド・ファッション・パフュームの情報を発信。

現在、株式会社美・ファイン研究所、リバイタライズサロン クリームを主宰。

美容専門学校 フロムハンドメイクアップアカデミーと青山ビューティ学院高等部の特別講師などを務めている。

夫はどんな人?

当初、照子さんの夫は子供がいて仕事をすることに反対だったようです。

「だから仕事を辞めろと言ったんだ」「子どもがかわいそうじゃないか」と・・・

でも照子さんは、そのようなことでいちいち腹なんて立てない。無視をするんだそうです。

「この人は透明人間だ」って。どうせ対応するのは私だし、やればいいのだから。

なんて強い女性なんだろうなぁと思いますよね。

そうこうしているうちに、だんだんと妻が働いているほうが、自分もラクだということに夫自身が気づいていったようです。

そんな照子さんは、頑固な夫でも、10年間あればその思想を180度転換してもらうことができる。逆に言えば、10年はかかりますけどねと語っておられました。

働いている女性にとってはありがい、励みになる言葉ですよね。

経歴が凄い

3歳の頃、両親が離婚し再婚した父に引き取られる。

1942年、実父がなくなり、継母の兄夫婦の養女となる。戦争の激化により養母の故郷である山形県狩川町に疎開。

1951年、養母が死去。納骨のため上京し、自立を決意。東京で保険のセールスをしながら夜間は美容学校へ通う。

1957年、東京高等美容学院を卒業。

1958年、小林コーセー(現コーセー)に入社。

美容指導員を経て、美容研究や商品開発、教育など幅広く担当。

1985年、同社初の女性取締役に就任。

1991年にコーセー取締役・総合美容研究所所長を退任し独立。

人の外見的な魅力(美)と心の輝き(ファイン)をテーマとした研究・創造を追求する「美・ファイン研究所」を設立し、所長に就任。

美容研究家としてビューティー・コンサルタントビジネスを展開しながら、また現役のメークアップアーティストとしても活躍。

一方、1994年に「[フロムハンド]メイクアップアカデミー」、2010年に「青山ビューティ学院高等部」を開校し、校長として後進の育成に当たる。

さらには、死化粧の理解を深めるエンゼルメイク研究会の副会長、メークアップを軸に社会貢献を目指すジャパン・メイクアップ・アーティスト・ネットワーク(JMAN)理事を務めるなど、多岐にわたり精力的に活動。

頭が上がらない感じです。ここに至るまで紆余曲折を経たんだと思いますがいい人生を歩んでこられ素敵な女性だと思いました。

まとめ

小林照子さんについて書いてきましたがいかがでしたでしょうか?照子さんをみていたら歳なんて関係ないと思います。

これからもどんどん社会に進出し活躍していってほしいです。

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