山西惇、妻は美人スタイリストで再婚。子供は?京大卒の秀才。


出典元:リコモーション公式サイト

ドラマ『相棒』でいい味出している俳優の山西惇さん。一体どんな方なのか気になりませんか?

そんな山西さんについて色々調べていきたいと思います。

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山西惇 プロフィール・経歴

【芸名】山西 惇(やまにし あつし)
【出身】京都府京都市
【生年月日】1962年12月12日
【身長】170
【体重】67
【血液型】B
【学歴】京都大学工学部石油化学科卒
【趣味・特技】映画鑑賞
【その他】リコモーション/劇団そとばこまち 所属

本名は畑中敦史さんといいます。

本名ではなく芸名にしたのは、舞台に立つ際に本名「畑中」のままでは「恥ずかしい」、また高校生の時に軽音部の2年先輩と顔が良く似ていたことから「山西」と呼ば、それを芸名にしたようです。

妻は美人スタイリストで再婚

山西さんは、1992年に所属劇団のスタッフと結婚するも2002年に離婚されています。

結婚生活10年経て離婚って何が原因だったのでしょうね・・。気になるところです。

そして、時が過ぎ2008年に19歳年下のスタイリストをされていた現在の奥さんと再婚。

結構な年の差でビックリです。なかなかやり手なのかも・・・笑。

子供は?

一男三女の父親である山西さん。

子供たちは全員、再婚したスタイリストの方との間に出来たお子さんで前妻との間に子供はいなかったようです。

子供さんがまだ幼稚園に通っている頃は、発表会を見に行ったりして積極的に子育てに参加されていたようです。お子さん達が可愛くてたまらないのでしょうね。

またドラマ『相棒』で共演している水谷豊さんとは、子育ての話に花が咲いていたこともあったようです。

そして趣味が料理という山西さんは、子供のためにもやし入りのお好み焼きを振舞うこともあるようです。

京大卒の秀才

東大寺学園高校を卒業し、京都大学工学部石油化学科に進学した秀才の山西さん。

東大寺学園高校は私立の中高一貫校で、東大寺が経営母体の伝統ある学校で、偏差値77と全国でも指折りの超頭の良い高校で有名。

東大寺学園時代は、進学校なのにバンドをやったり映画を撮ったりしていたそうです。

それでも京都大学入ってしまうなんてすごいです。

京都大学では1回生の時に「劇団そとばこまち」に入ります。
芝居を見て山西さんがやりたいことが全部詰まっていて、これだと思って飛び込んだそうです。

劇団をやりながらも授業もきちんと受け両立させていたそうですが、2回生の時に単位を1個落として留年してしまったそうです・・・

卒業論文は、「アルファアニシルネオペンチル系化合物のソルボリシスに関する研究」。なんだか文字だけでも凄いですね。

1986年大学卒業後、マスコミ関係を受けるも見事に落ち、教授の推薦で関西の石油化学メーカーに就職。

会社では作業着を着て最初の1年は、研究の日々だったそうです。

2年目から「趣味の延長」として週末や終業後を利用して「そとばこまち」に再び参加、役者と演出を務めるまでに。

そして、4代目座長の生瀬勝久さんのもと初の東京進出となる1992年2月の舞台『冬の絵空』(本多劇場)で演出を手がける。

そんな時、上演期間と勤務先のハワイ研修の日程が重なりました。

そこで

「食うくらいなら、なんとかなるで」

と生瀬さんの言葉に背中を押されて退職を決意し、芝居に専念する。

以降、2歳年上の生瀬さんとともに二人三脚で数々の舞台作品を作り上げ、2001年に揃って退団。

以降、演技派俳優として舞台やドラマ、映画などで活躍。

そしてドラマ『相棒』では、15年以上にわたりコーヒーカップを片手に水谷豊さん演じる特命係・杉下右京のもとを訪れ「ヒマか?」と声をかける課長・角田六郎役をハマり役として演じ続けられています。

2001年に、近藤芳正さんが中心に旗揚げした劇団「ダンダンブエノ」の全公演に酒井敏也さんともに出演しており、2006年の公演では演出も手がける。

また、俳優以外にも京都大学卒という経歴を買われ、ドラマだけでなく『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』などのバラエティのクイズ番組にも出演し活躍されています。

まとめ

山西惇さんについて書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?仕事もプライベートも順調のようですね。

これからも色々なドラマ・映画などに出演していってほしい役者さんです。

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