黛ジュン、結婚相手は歌手でDV夫、離婚し再婚相手や離婚理由は?兄の存在は大きい


黛ジュン、結婚相手は歌手でDV夫、再婚相手や離婚理由は?兄の存在は大きい
出典元:Yahoo公式サイト

70歳になられた黛ジュンさん、デビュー当時と変わらないミニスカート姿でテレビ『徹子の部屋』に出演されていました。

とてもじゃないけれど70歳に見えないし綺麗でした。

好きな芸能人はEXILEのATSUSHIさん、好きなお笑い芸人は爆笑問題、タカアンドトシさんという・・

1960年代から歌手・女優として活躍してきた黛ジュンさん。

最近はテレビに出演されることが少ないので、なかなか聞きなれない名前かもしれませんね。

そんな黛ジュンさんについて調べていきたいと思います。

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黛ジュン プロフィール・経歴

【芸名】黛ジュン(まゆずみ じゅん)
【本名】渡邊 順子(わたなべ じゅんこ)
【出身】東京都麻布市
【生年月日】1948年5月26日
【身長】160
【血液型】O

品川区立冨士見台中学校卒業後、本名で各地の米軍キャンプにジャズ歌手として巡る。

本名でデビューするものの、当初は売れず、しばらく不遇の時代が続きました。

しかし、ようやく報われる時がやってきます。

1967年「恋のハレルヤ」でデビュー。

ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集めます。

1968年にリリースされた『天使の誘惑』は大ヒットとなり、その年の第10回日本レコード大賞を受賞。

また、その歌が主題歌となった映画に主演として抜擢されます。

一躍女優としても注目を浴びました。

独特のパンチの効いた魅力的な歌声でヒットを飛ばし、現在でも舞台やショーを中心に歌手として活動中。

現在ではほかのアーティストへの楽曲提供というかたちでも活躍。

【NHK紅白出場】
・第18回 昭和42年出場
・第19回 昭和43年出場
・第20回 昭和44年出場
・第21回 昭和45年出場

【日本レコード大賞】
・1968年 第10回 大賞
・2014年 第56回 功労賞

【ゴールデンアロー賞】
・1967年 第5回 新人賞

結婚相手は歌手でDV夫、離婚し再婚相手や離婚理由は?

プライベートにおいて波乱に満ちた人生だったな黛さん。

2度結婚離婚を重ね苦労してきた人生とは一体どんなものだったのでしょうか?

1970年、21歳のときにミュージシャンのイケメン江藤勲さんと結婚し一旦引退。この江藤勲さんと言うのは昔ジャッキー吉川とブルー・コメッツで活躍された人。

しかし、情報によれば江藤さんの家庭内暴力などが原因で、1973年に離婚

その後本格的に芸能界へ復帰する。しかし以前のような人気は得られず低迷。

そんな不運を乗り越え、久々に『風の大地の子守唄』『男はみんな華になれ』がヒット曲をとばします。

そして、ドラマーである石田秀雄さんと再婚します。しかし1994年に再び離婚

2001年、53歳の時には15年来の友人だった売れっ子作詞家の里村龍一さんと婚約を発表し話題を集めました。

しかし、里村さんがその後知り合いのイタコ(霊能者)に相談したところ、

「二人の相性が最悪。5年後には歌を辞めるように」

と告げられたようです。

そのことがきっかけで、里村さんから別れを切り出され、わずか2か月で婚約破棄される羽目に・・。

結婚や婚約の他にも36歳の時には、恋愛至上最大のタブーとなる大物政治家の愛人に。

50歳の時には大富豪と出会い、不倫関係に発展するなどさまざまな恋愛をしてきた彼女。

現在は?

誰とも付き合うことなく独身を貫き、自己所有している世田谷区内のマンション管理人として働きながら、複数の愛犬たちと暮らしている。

「一人は寂しいけど、恋愛であれだけの体験をしてきたから今の私がある」と堂々と語り、それぞれの恋愛を思い出すことは「全然ないです(笑)」

ときっぱりと答えておられていました。

このまま独身を貫かれるのでしょうかね・・。

兄の存在は大きい

このように、彼女自身もすごい人なのですが、実のお兄さんは作曲家として知られている三木たかしさんといって著名人。

芸名でも本名でも名字が違うので、なかなか気づきませんでした。

兄妹そろって音楽の世界で活躍するとは、なんて素敵な兄妹なんでしょう。

そんな自慢のお兄さんは、2009年5月11日に64歳で死去されました。

同年1月13日、『NHK歌謡コンサート』で30年ぶりの兄妹共演を果たしてから、わずか4ヶ月後の悲報でした。

実兄の最期を看取ることは出来ずにいた黛ジュンさんは、

「兄のギターで歌っていた幼い日々や、初めて兄の作品を吹き込みした時のことが、次々と甦ってきて今は言葉にできません。申し訳ありません」

とFAXでコメント。

その後、5月19日の通夜の席では

「今年3月初めに余命の告知を受け覚悟はしていましたが、あまりにも突然でまだ受け止めることが出来ません」「私は兄に褒められたくて一生懸命歌ってきた。

兄には『私はこれからどうしたらよいのか教えてちょうだい』と言いたい」

と終始大粒の涙を流しながら、悲痛な表情を浮かべていた。

それから1か月後の同年6月16日、『NHK歌謡コンサート -特集・三木たかしの世界-』が生放映。

黛さんは亡き実兄との想い出話を語った後、三木さんの作曲で大ヒットとなった『夕月』を、哀しみを抑えて歌唱。

三木さんという人は世間においても黛さんにおいても偉大な方だったようです。

64歳で亡くなるなんて早いですよね・・。

まとめ

昔の方って結構波乱万丈な生き方をされている人が多いように思います。

黛ジュンさんも紆余曲折を経て今があるような気がします。まだまだ若くて綺麗なので今後もどんどん活躍していってほしいと思います。

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