なかにし礼、結婚・離婚を経て再婚した妻は石田あゆみの妹ゆりでどんな人。病気?

なかにし礼、結婚・離婚を経て再婚した妻は石田あゆみの妹ゆりでどんな人。病気?
出典元:なかにし礼オフィシャルサイト

作家・作詞家としてこれまで数々の名作品を残されてきたなかにし礼さん。

またコメンテーターとしても活躍されています。

そんな、なかにし礼さんのプライベートについてや、生い立ち・現在についてなどふれてみたいと思います。

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なかにし 礼 プロフィール・経歴

【芸名】なかにし礼(なかにし れい)
【本名】中西 禮三(なかにし れいぞう)
【出身】満州国、牡丹江省牡丹江市
【生年月日】1938年9月2日
【学歴】立教大学文学部卒

なかにし礼さんと言えば作家・作詞家として有名なのですが、コメンテーターとしてお昼の『ワイドスクランブル』に出演されていたのが印象的です。

北海道小樽市に在住、生まれは満州。

両親は、渡満して酒造業で成功を収めていた。

終戦後は、満州からの引き揚げで何度も命の危険に遭遇していたといいます。

8歳の時に小樽に戻りますが、お兄さんの事業の失敗などで小学校は東京と青森で育ちます。

そして中学から東京品川区大井町に落ち着きました。

高校卒業後は、一浪し1958年に立教大学文学部英文科に入学。そんな中でも中退と再入学と転科を経る。

1965年、はれて立教大学文学部仏文科を卒業。

その後、東京に在住。

その後、中西礼さんがこの世界に入ってくるきっかけになったのがシャンソン。

大学時代からシャンソンの歌詞を訳したことから、作詞家の道をすすむようになります。

1969年には作詞したレコードの売り上げは1000万枚を突破していたそうです。

その後、作詞だけにとどまらす小説なども多数発表され才能を発揮されています。

仕事が順調の中、プライベートでは結婚・離婚を歴て再婚されています。

また、2012年に食道がんを公表し闘病されていました。

10月には癌を克服し復帰されてましたが、2015年3月に再発を公表。

抗がん剤での治療を開始されています。

結婚・離婚を経て再婚

あまりテレビでご自身の私生活について語られる印象がない、なかにし礼さん。

調べによるとなかにしさんは、大学在学中の1963年に結婚されています。そして一女を授かるも1966年に別居し、1968年に離婚されました。

早くに結婚されていたのですね。

再婚した妻はいしだあゆみの妹

そして、結婚は2度目なので再婚をしたなかにしさん。お相手は、あの大女優のいしだあゆみさんのでした。

四人姉妹の末っ子で長姉は石田治子さん、次姉はいしだあゆみさん

2003年のNHK朝ドラマ『てるてる家族』(原作:なかにし礼さん)の主人公冬子は、彼女がモデルなんだそうですよ。

いしだあゆみさんの実妹は、石田ゆりさんといって1970年代に活躍した元歌手

どんな人?

まずは石田さんのプロフィールや経歴に迫ってみたいと思います。

石田 ゆり プロフィール・経歴

【芸名】石田 ゆり(いしだ ゆり)
【本名】中西由利子(旧姓:石田由利子)
【出身】大阪府池田市
【生年月日】1951年11月23日
【職業】歌手・女優

1968年に梅花高等学校1年修了で宝塚音楽学校に入学。

1970年、同校を卒業。

同期には小柳ルミ子さんや麻実れいさん等がいた。

「名月ゆり」という芸名も決まっていましたが、宝塚歌劇団への入団を辞退。

上京し、芸映に所属。

同じ年の9月に、シングル「悲しみのアリア」で歌手デビューを果たします。

シングル4枚とアルバム2枚を発表後、全シングルの作詞を手掛けた、なかにし礼さんと1971年10月16日に結婚し、芸能界を引退。

引退後は1978年のテレビドラマムー一族などに出演した。

1979年にドラマ『風光る・亜紀子』というドラマにも出演されていたようですが、それ以降はほとんどメディアには登場されていません。

子供は

前妻との間に娘さんが一人。石田ゆりさんとの間にも息子さんが1人おられます。

長女さんのご主人はフランス人だそうです。

うつ状態に陥る?

2012年に食道がんを発症。このときは陽子線治療によってがんを克服しました。

食道の裏側、気管支に近いリンパ節に再びがんが見つかったのは昨年の2月初旬でした。

しかも担当医師たちから「今回は、陽子線は使えません」と宣告された。

そのうえがんは気管支に密接していて、がんが成長して気管支を突き破ると死に至る――という極めて危険な状態。

なかにしさんがICUにいる時に、奥さん、息子さん・娘さんは手術の直後に「穿破」という言葉を医師から聞いたそうです。

「穿破」というのは、最悪の場合ほとんど即死、最長でも4日ぐらいしか持たない。しかも、手術したその夜に起きる可能性が非常に高いという。

この話を聞いた娘さんは、失神してソファに倒れ込んだそうです。

先生からは繰り返し「1日1日を大切にしてください」「週単位で人生を考えてください」と言われ、いつ穿破が起きるか本当に怖かったといいます。

毎晩、奥さんと「きょうも終わった」「よかったね」と言って、夜中に何も起きませんようにとハイタッチして床に就ついていた。

この時のなかにしさんの心情は、

『たぶん桜の花は見られないだろうな……』

と思っていたという。

重篤な患者を抱える家族がよく抱える悩み「介護うつ」奥さんもまさにその状態だったという。

死を覚悟するほどのがん闘病。それは周りの家族の心にも大きな影響を与えていたのでした。

「彼女はうつ状態になっていると感じた、なかにしさんは「精神腫瘍科」に行って相談してきなさい』と。

入院していた病院には、精神的に苦しんでいるがん患者や、看病する家族の精神面を医学的に支える『精神腫瘍科』がありました。

そこへ行き、処方してもらった薬を飲んだら食欲も睡眠も回復して、奥さんは日に日に元気になっていったといいます。

まとめ

重い闘病生活から復活したなかにし礼さん。奥さんやお子さん達のためにも健康で長生きしてほしいですね。

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