天野安喜子がよゐこ無人島で活躍、花火師と柔道審判員の二足のわらじ


天野安喜子、よゐこ無人島

【天野安喜子 よゐこ 無人島 花火師 柔道家 審判員 二足のわらじ】

よゐこの無人島0円生活で土屋アンナさんと冨永愛さんの為に1000発の花火を準備したのは天野安喜子さんという女性花火師。

『たまやー、かぎやー』の花火の掛け声の由来となっている鍵屋15代目当主という花火界ではとっても偉い人です。

数十年前までは、現場に立ち入ることすら許されなかった女性ではありますが、女性として初となる15代目当主を襲名しました。

天野安喜子さんには、もう一つの柔道家という顔があります。

柔道家である父親の元で小さいころから柔道を始め、国際大会で銅メダルを取った実績があり、ソウル五輪出場も期待された選手でした。引退後、国際柔道連盟インターナショナル審判員資格を取得した天野安喜子さんは、当時日本人女性として初めてである北京五輪の審判員に選ばれました。

父親から勧められた審判員としての道を極めるため、平日は花火師、休日は審判員と身体を休めることなく努力し続けたそうです。

花火・柔道と気負う事なく男性社会に飛び込み、新たな道を切り開く強さはには脱帽です。多くの女性から尊敬されるスーパーウーマンです。

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天野安喜子プロフィール

1970年(昭45)10月31日、東京・江戸川区生まれの37歳。日大卒業後、30歳で鍵屋の15代目当主を襲名。柔道5段で、本職の花火師と同時に審判員としても活躍。9月に行われた世界選手権での審判技術が認められ、11月に北京五輪の審判員に正式決定。柔道では日本人女性として初の五輪審判員となる快挙を達成した。

鍵屋とは

江戸時代から続く花火の名門。1659年、奈良出身の初代弥兵衛が創業する。1733年に江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の命により両国川開き大花火(現在の隅田川花火大会)を開催するなど、約350年の歴史と伝統を誇る。現在は約100人の職人とともに江戸川区、江東区、千葉・浦安市などを中心に花火大会の総合運営を担う。屋号の由来は守護神である稲荷(いなり)のキツネが鍵をくわえていたことから。

出典:スポニチ

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