千原ジュニア事故前の顔写真画像、見舞い感動秘話(さんま、板尾、東野)


千原ジュニアのバイク事故からの復帰
出典元:吉本興業オフィシャルサイト

【千原ジュニア 事故前 顔 顔面 写真 画像 見舞い 感動秘話 さんま 板尾 東野】

レギュラー番組を多数抱える売れっ子芸人の千原ジュニアさんが、かつて生死をさまよう程の大事故をしたことは番組などでも多く話されており広く知られています。

加藤浩次、深夜番組熱望!千原ジュニアとの確執真相、相方山本は?

千原ジュニアさんは、ローンで買ったバイクで仕事先まで行くことが多く、事故当日も仕事終わりで自宅へ戻っているところでした。運転操作を誤り石柱へ顔面が激突。それから4日間意識が戻らず医師は家族に最悪の事もあると告げていたそうです。

診断の結果、脊髄・脳の損傷がない事がわかり、山は超えたのですが、顔面の状態は最悪。

顎が2つに割れ、頬骨・おでこ・鼻が骨折、眼球の受け皿も骨折して目が下に下がっている状態。顔は腫れ上がり、千原ジュニアさんと判断する事は困難でした。

事故当時、フルフェイスのヘルメットから半キャップヘルメットに変えて運転していたのですが、もしフルフェイスだった場合、脊髄損傷で即死。顔がクッションの役割を果たし致命的なダメージを受けずに澄んだと医師から聞かされました。

しかし、こんな顔になるなら死んだほうがましだったと思うほど、顔面へのダメージは相当でした。

この顔では人を笑わすことはできないと引退も考えたそうです。

しかし、千原兄弟を守るために1人でトークライブを頑張っている兄・千原せいじさんのことや、数多くの芸人仲間・先輩に励まされ、もう一度舞台に立ちたいと思い考えられないスピードで舞台に復帰。

医療の進歩は目覚ましく顔の状態は以前と変わらない状態にまで戻り、逆に優しい表情になったと言われています。顔面再生手術で使われた金属プレートは今でも顔に入ったまま。そんな状態だとは全く感じさせません。

スポンサーリンク

芸人たち仲間からの支え

東京進出して4年、やっと番組レギュラーの座を勝ち取り、千原兄弟の名前が少しずつ認知されはじめてきた頃の事故。気が強い千原ジュニアさんではありましたが、かなり落ち込んだようです。

しかし、千原ジュニアさんがもう一度前を向いて歩き出せたのは、芸人仲間からの励ましだと言われています。

日頃から目をかけてもらっていた板尾創路さん。『何してんねん、はようもどってこいや!』の言葉と共に差し入れされた雑誌『BRUTUS』の表紙には『今度はベスパ(小型バイク・スクーター)に乗ろう!』でした。

東野幸治さんは、流動食を嫌々食べ続け、通常食を食べたいと思う気持ちを必至で抑えている千原ジュニアさんに非情な漫画『美味しんぼ』の差し入れ。

お笑い芸人らしい『笑い』を忘れないお見舞いでジュニアさんは勇気づけられます。

更に退院後、明石家さんまさんと遭遇。復帰を祝うつもりで『お前、欲しいモノなんでもやるわ』と言われたそうです。

千原ジュニアさんは冗談半分でレギュラーくださいと。すると本当に番組出演オファーが来たそうです。

さんまさんが長年断り続けていた番組の話があったのですが、千原兄弟をレギュラーにするという条件で受けたそうです。明石家さんまさんの粋な計らいに、千原ジュニアさんにとって一生忘れられない退院祝いとなりました。

千原せいじは、前述の通り、千原ジュニアが入院中、ずっと1人でトークライブを頑張っていました。東京では無名でしたが、努力の甲斐あり少しずつお客さんが増えてきた頃の事故。千原兄弟の名前を消さないように頑張り続けていました。

千原せいじさんは、事故当日、千原ジュニアさんの変わり果てた姿を見て以来、一度も病院には行かず、必ず舞台に帰ってくる弟の事を信じて舞台に立ち続けたそうです。

兄貴への恩は今でも忘れておらず、ピンで活動しているときも可能な限り千原せいじの出番を作るように心掛けているそうです。ディレクターに頼み込んだり、番組で兄貴ネタを話したりと。

このように良い先輩、芸人仲間、相方がいたからこそ、千原ジュニアさんは芸能界に復帰できたと語っておられます。

スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク