ハイヒールがDX初出演、モモコ紳助との秘話、リンゴ不妊治療への訴え


ハイヒールモモコと島田紳助の秘話
出典元:吉本興業オフィシャルサイト

【ハイヒール DX モモコ 紳助 秘話 リンゴ 不妊治療】

ハイヒールのリンゴとモモコが芸能生活30周年ということもあり、活動拠点していた関西から飛び出し、全国放送の番組に頻繁に出演しています。

同期であるダウンタウンが司会するダウンタウンDX(デラックス)にも初出演。若手時代の思い出話に花をさかせます。

ハイヒールは、京都産業大学に通う大学生でラジオDJを目指していたリンゴと暴走族上がりで元スケバンのモモコがNSCで意気投合しコンビを組むことになります。

吉本興業のキャッチコピーは『女子大生と元スケバン』と全く相反する人格がコンビであることが受け、ダウンタウンやトミーズと共に若手の頃から人気がありました。

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モモコ、島田紳助との出会い、バイクレーシングチームでの秘話

ハイヒールモモコさんは、島田紳助さんと縁があり、デビュー前から顔見知りだったそうです。当時16歳だったやんちゃ盛りのモモコが吉本興業の新社屋付近を通りかかった紳助を見つけ『紳助や、ネタ見てや』と呼び止めました。

島田紳助さんは、仕方なくネタを見たのですがその内容のお粗末さに呆れたようです。スキーのリフトに乗るモノマネで全く笑えるものではなかったとのこと。

数年後、ハイヒールとして吉本興業に入ったモモコは覚えていないだろうと思いながらも恐る恐る紳助さんに挨拶に行くと『あの時の!』としっかりと覚えられていたそうです。

余程、インパクトがあったのでしょうね。

島田紳助さんは、バイクのレーシングチーム『チーム・シンスケ』の監督を努め『鈴鹿8時間耐久ロードレース』など積極的に参加していました。

お笑い芸人では北野武さんよりも早く映画監督をしており最初で最後の監督作品になったバイクレーサーの青春映画『風、スローダウン』を作る切掛になったといっても過言ではないほど、このチームに真剣に取り組んでいました。

チーム・シンスケのスタッフとして参加していたモモコさん。チーム・シンスケの活動をドキュメンタリータッチで放送された事があったのですが、その放送のなかで紳助さんにガチで怒られるシーンが有名です。

島田紳助さんの武勇伝はいくつもありますが、そのなかでよくあがってくるエピソードです。

ストップウォッチでタイムを計測する担当だったモモコさんですが、ミスを犯してしまい計測できませんでした。

そのことに腹を立てた紳助さんが、テニスの審判のような背の高い椅子に座っているモモコさんに向かい罵声を浴びせ、椅子の脚を蹴りまくるという生々しい光景が放送されていました。

モモコさんは、確かそのことで泣いていたんじゃないかなと記憶しています。吉本マネージャー騒動や東京03騒動などありますが、この頃から気が短く、モモコさんは芸能人で最初の被害者ではないかと思います。

リンゴ不妊治療で芸能活動休止、残念ながら成就せず

リンゴさんは一般男性とご結婚され、長い間子作りを頑張っていたようです。そのため数年間芸能活動を休止し不妊治療を受診。数十回にも及ぶ体外受精をしたのですが子供は授からなかったそうです。

相方のモモコさんが3人の子供を授かっているだけに、自分を責めた時期もあったでしょう。一時はうつ状態にも陥ったと言われています。

いまでは芸能界に復帰され、いつも楽しい番組を見せてもらっていますが、機会があれば不妊治療の保険適用を訴えていたりしています。

社会的な問題点について、著名人が声をアゲてくれるという事は解決に向けて進む切掛になります。自分のことではなく、自分の経験を活かして人のために動ける人に脱帽します。

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