岩崎恭子、夫は元ラグビー選手 引退まで追い込まれた真相 そして現在は?


岩崎恭子、夫は元ラグビー選手 引退まで追い込まれた真相 そして現在は?
出典元:岩崎恭子オフィシャルブログ

【岩崎恭子 夫 ラグビー選手 引退 追い込まれた 真相 現在】

14歳にして金メダルを獲得し名言を残した岩崎恭子さん。そんな岩崎さんについて調べていきたいと思います。

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岩崎恭子 プロフィール・経歴

【芸名】岩崎恭子(いわさき きょうこ)
【本名】斉藤恭子
【出身】静岡県
【生年月日】1978年7月21日
【身長】157
【血液型】A
【学歴】日本大学卒
【その他】スポーツビズ 所属

1992年のバルセロナオリンピック競泳女子200m平泳ぎで当時の五輪新記録である2分26秒65を記録し、金メダルを獲得

若干14歳にして史上最年少記録での金メダル獲得、そしてレース後のインタビューでは「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」と名言し、たちまち話題となりました。

1998年に伝染性膿痂疹を発症した影響から、惜しまれながらも20歳で競技選手を引退する。

同年、米国・ミッションビエホに海外指導者研究生として留学。その後、テレビなどで競泳のコメンテーターとして活動その後は、メディアなどでスポーツコメンテーターとして活躍している他、水泳の指導者としての活動も行っている。

夫は元ラグビー選手

2009年4月、元ラグビー日本代表の斉藤祐也さん(豊田自動織機)と結婚しました。また自身のブログで2010年11月1日、自身のブログで「第一子妊娠」を報告。そして2011年3月28日長女を出産しました。

引退まで追い込まれた真相

岩崎恭子さんはの人生を振り返ると、10代でオリンピックに出場し金メダルを獲得。当時、誰も注目していなかったことからマスコミは殺到。そして岩崎さんの人気が高まるに連れ悪質なイタズラが後を絶たなかったそうです。

家を出ると、ストーカーにつきまとわれるなど、岩崎さんの心は蝕まれていきました

その後、大学をきっかけで上京する。その時に赤い斑点のような発疹を発見する。その発疹は、次第に体中に広がっていき、肌はただれていき、体温が上がると痒くて痒くて辛く夜もほとんど眠れない状態が続きました。

症状はさらにエスカレートし、1日中激しい肌のただれで、何も考えられず、集中できなくなっていったそうです。そして 本来なら最も活躍が期待される、20歳という若さで引退をせざるを得なかった

ある時、岩崎さんは病院で診断を受けました。医師の診断は「伝染性膿痂疹(でんせんせいのうかしん)」接触により、火事の飛び火のように広がることから、俗に飛び火(とびひ)ともいう。また20代で発症するのは、極めて稀な病気だそうです。

お医者さんの勧めは、体に抵抗力をつけるために野菜から「酵素」を取ること。岩崎さんは「ほうれん草・小松菜・にんじん・ごま」など免疫力を高める効果があると思われる野菜を選びジュースを作ることにしました。

毎日2回、1ヶ月間欠かさず飲み続けたある日、かゆみと発疹が治まり始めたという。しかし、今までの肌のダメージ跡は残ったままだったそうです。

ある日、肌を隠し続けてきた娘を心配した母親がある水を持ってきたそうです。そして
岩崎さんは母の言われた通り、その水を毎日お風呂上がりに手に取り、全身に丁寧になじませるのが日課となりました。

すると不思議なことに、傷や黒ずみが薄くなっていったという。実はこの水、山梨県の杓子山から湧き出る「不動尊の霊水」というわき水。地元では100年以上も前から、やけどや かぶれなどの皮膚病に効くといわれてきたそうです。

そんなある日、岩崎さんに転機が訪れました。友達に誘われ食事会行くと一人の男性が話しかけてきた。話しかけてきた彼こそ今の旦那さまです。

そんな旦那さんですがラグビー選手の頃は、フランスの1部リーグで活躍するほどの超有名選手だったそうですよ。そんな2人は、順調に交際を重ね結婚しました。

苦労しながらも耐え幸せを手に入れた岩崎恭子さんは、さすがアスリートな方ですよね。尊敬です。

そして現在は?

スポーツコメンテーター、日本オリンピック委員会事業・広報専門委員、日本水泳連盟競泳委員・基礎水泳指導員(水泳インストラクター)とした活動しています。

まとめ

岩崎恭子さんの今後の活動にも注目したいですね。

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