阿木燿子、宇崎竜童との子供は?馴れ初め 意外な素顔と多才な才能が凄い


阿木燿子、宇崎竜童との子供は?馴れ初め 意外な素顔と多才な才能が凄い
出典元:阿木燿子オフィシャルWEBサイト

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阿木燿子さんは、ミュージシャンでもあり俳優の宇崎竜童さんとはおしどり夫婦と呼ばれるぐらい仲の良い夫婦です。そんな阿木さんについてスポットを当ててみたいと思います。

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阿木燿子 プロフィール・経歴

【芸名】阿木燿子(あき ようこ)
【本名】木村広子(旧姓:福田)
【出身】長野県
【生年月日】1945年5月1日
【学歴】明治大学文学部卒

1969年作詞家としてデビューする。それから、宇崎竜童さんの率いるバンド『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』のために書いた曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は、1975年の大ヒット曲となりました。

その後、宇崎さんが作曲し阿木が作詞するというコンビで、多数のヒット曲を生み出します。また、特に山口百恵さんの曲の作詞・作曲を手掛け、山口百恵さんの黄金時代を支えました。

そして女優としても、多くのドラマ・映画・舞台に出演しています。

近年は、フラメンコにも挑戦し『FLAMENCO曽根崎心中』の公演プロデュースなどの活動があり、小説やエッセイの執筆活動の他『TANNKA 短歌』初の映画監督に挑戦している。

宇崎竜童との出会いや馴れ初め

宇崎さんとは、大学の同期で音楽サークルが一緒だったそうです。そんな宇崎さんは、軽音楽クラブに入ってすぐに新入生の勧誘をさせられたそうで、最初に声を掛けたのが阿木燿子さんだったそうです。

また、サークルでのアドリブ演奏が作曲に目覚めたそうで、宇崎さんは明大は私の嫁と仕事を見つけてくれた。と語っていたそうです。

そんな宇崎さんは阿木耀子さんのことを、彼女とは前世、前々世で何度も会っている気がして「嫁にするならこの人だ!」って直感的に思っていたようです。

しかし、宇崎さんが「そろそろ結婚しようよ」と言っても、阿木さんは「もう少し待って下さい。」と繰り返すばかりだったそうでようやく2人が結婚したのは、出会いから7年後の’71年12月だったそうです。

宇崎さんにとって阿木さんは、妻であることは勿論、一緒に楽曲を作り上げていくパートナー、そして宇崎さんが作った楽曲を最初に聴く観客であって、母であり、娘でもあると語ったおられました。

ほんと素敵なご夫婦で憧れますよね。

子供は?

仲良し夫婦の宇崎竜童さんと阿木燿子さんの間には、お子さんはいらっしゃるのか、調べてみました。

いないそうです40年間二人で歩んでこられ、一緒だなんて仲いい証拠ですよね。いつまでも仲いいご夫婦でいてほしいですね。

意外な素顔

阿木さんのイメージとは想像つきませんが、大のお酒好きだそうです。一方、ご主人の宇崎さんは一滴もお酒を飲まないそうですよ。なんだか逆のような感じがして意外ですよね。

そんなお酒大好き阿木さんは、漫画家の石ノ森章太郎さんとは飲み友達で、その縁から『仮面ライダーBLACK』等の石ノ森さんが原作を手がける特撮作品の主題歌を担当する事になり、以後も特撮ヒーロー作品を手がけるきっかけとなったそうです。

多才な才能

阿木耀子さんは、作詞家・女優・小説家・エッセイストを手掛ける才能の持ち主です。

また、元々綺麗なうえに、スタイルのよさや内面性から、カネボウ化粧品の専属契約を永年続けていたそうです。

数々の賞も受章
「FLAMENCO曽根崎心中」により2001年度文化庁芸術祭舞踊部門・優秀賞を受章

2006年11月3日、学術・芸術・スポーツ分野での功労者に授与される「紫綬褒章(しじゅほうしょう)」を受章されました。

主な作詞
日本レコード大賞】

  • (昭和51年)作詞賞「横須賀ストーリー」
  • (昭和54年)大賞「魅せられて」
  • (昭和61年)大賞「DESIRE -情熱-」

【日本作詩大賞】

  • (昭和51年度)大衆賞「横須賀ストーリー」
  • (昭和51年度)作品賞「想い出ぼろぼろ」
  • (昭和53年度)作品賞「プレイバックPart2 」
  • (昭和54年度)大賞「魅せられて」

(昭和52−54年)日本レコードセールス大賞 作詩賞

(昭和55年度)報知映画賞最優秀助演女優 賞「四季・奈津子」

まとめ

阿木耀子さん・宇崎竜童さんという素敵なご夫婦は今後もより一層活躍されていかれるでしょうね。

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