黒田福美、韓国人と噂があるが真相は 韓国通になったキッカケ 素顔とは


黒田福美、韓国人と噂があるが真相は 韓国通になったキッカケ 素顔とは
出典元:YAHOO!

【黒田福美 韓国人 噂 真相 韓国通 キッカケ 素顔】

黒田福美さんといえば、韓国に魅了されたというより、され過ぎた女優さんです。そんな黒田さんについて詳しく調べていきたいと思います。

スポンサーリンク

黒田福美 プロフィール・経歴

【芸名】黒田福美(くろだ ふくみ)
【出身】東京都
【生年月日】1956年7月21日
【血液型】O
【身長】160
【体重】47
【学歴】桐朋学園芸術短期大学演劇学科卒
【趣味】料理・華道・写真・旅行・ヨガ
【特技】茶道・韓国語
【その他】オフィスクロダ 所属

1977年にテレビ『夫婦ようそろ』でデビュー。その後『タンポポ』『毎日が夏休み』『ガラスの華』などドラマや映画に出演する一方で、リポーターやワイドショーのコメンテーターなどでも幅広く活躍する。

また、『日立 世界・ふしぎ発見!』の初代ミステリーハンターでもある。

【主な代表作品】

  • 1985年 映画『タンポポ』 (映画)
  • 2009年 映画『ゼロの焦点』 (映画)
  • 2013年 映画『TOKYOてやんでぃ~The StoryTeller’s Apprentice~ 』
  • 2013年 映画『ばななとグローブと』(絵・ジンベエザメ)

2011年には、韓国政府から勲章(修交勲章興仁章)を授与されました。もはや韓国通というレベルを超越しています。

韓国人の噂があるが真相は

韓国人という噂が浮上している黒田さん。それに対し黒田さんは、私はいわゆる「在日ではありません。一応、ふつうの、ただの、日本人です。」と答えていたそうです。韓国が好きなあまり、そういった噂が浮上したのでしょうね。よくあることです。

韓国通になったキッカケ

1983年にバレーボール韓国代表の姜萬守(カン・マンス)の熱狂的なファンになったことが、のちに朝鮮語を勉強するきっかけだったそうです。そして、1980年代から親韓派・韓国通として活動し、独学で朝鮮語を学び事務所の反対を押し切って韓国留学をしました。

留学しその後
1988年のソウルオリンピック、2002 FIFAワールドカップなどでも活動を行っていたまた1988年テレビ『ニュースバスターズ』では韓国レポーターを務めました。

1990年、韓国の盧泰愚大統領が来日した時に開かれた、海部俊樹首相主催の晩餐会に招かれたこともあるそうです。

そして、黒田さんは好意的に受け入れられ韓国のテレビドラマや映画にも多く出演し、韓国に関する本も多数出版している。

2011年5月に、『韓国の正しい歴史や文化』の情報を日本人に教え伝え続けている。として、韓国政府から修交勲章興仁章(2等級)を授与されました。

2013年4月15日、韓国・京畿道から同道の観光広報大使を委嘱されました。

素顔とは

黒田さんという女性は、現在の韓流ブームになる前から韓国に興味を持った人です。その時の時代の韓国は、女がひとり旅するような国じゃなかったという

だから、黒田さんが韓国語を勉強すると言うと「いいことないからやめなさい」と反対されていたそうです。そういう差別が、日本人として恥ずかしいことだと思っていたそうです。

周りなどの反対もあり環境は最悪な状況でしたが、黒田さんの意志は堅く反対を押し切り留学しました。そんな黒田さんは昭和59年に初めて韓国を訪れて以来30年、日韓両国の番組のリポーターを務めるなど日韓の懸け橋になれればと思い活動してきたそうです。

黒田さんは、ぶれることなく真っ直ぐで正義感が強い女性だと思いました。素敵な人ですよね。

まとめ

今後の黒田さんの活動に注目ですね。

スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク