牧村三枝子、現在? 演歌歌手で酒に溺れた理由 壮絶な人生 演歌仲間とは?


牧村三枝子、現在? 演歌歌手で酒に溺れた理由 壮絶な人生 演歌仲間とは?
出典元:サンミュージックプロダクション

【牧村三枝子 現在 演歌歌手 酒に溺れた 理由 壮絶人生 演歌仲間】

大ヒット曲も多数あり、紅白歌合戦にも出場していた演歌歌手の牧村三枝子さん。そんな牧村さんについて調べてみたいと思います。

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牧村三枝子 プロフィール

【芸名】牧村三枝子(まきむら みえこ)
【出身】北海道美唄市
【生年月日】1953年12月21日
【血液型】A
【趣味】絵を描くこと
【特技】フラフープ
【その他】サンミュージックプロダクション所属

壮絶な人生

牧村三枝子さんは、北海道・美唄市で5人兄弟の末っ子として誕生父は炭鉱夫で、39歳の時にできた末っ子の牧村三枝子さんを溺愛していたそうです。

そんなは、40代後半になると長年の炭鉱勤務による疲労から体が衰弱し、ほとんど働くことが出来なくなったという。母の食堂での皿洗いだけが収入源に。

暮らしぶりといったら、6畳一間に家族7人がすし詰め状態。極貧生活を送るうち、牧村さんは「皆が温かく寝れるお家が欲しい。」と思うようになったそうです。

牧村さんが15歳の時、歌手になることを決意。上京し、釣り具店で働きながら歌手への道を目指します。

19歳の時に『少女は大人になりました』で歌手デビュー。しかし、その後レコードを数枚出すものの全く売れなかった。一方で、両親が暮らす美唄でも炭鉱が閉山する。

両親は完全に職を失ってしまう。そんな両親を放っておけず牧村さんは、わずかな稼ぎから仕送りをし続けました。

その後、先輩である渡哲也がかつてアルバムで発表した『みちづれ』を、牧村さんの強い熱望によりシングルとして発売。渡さんはそれを機に『みちづれ』の歌唱を封印したそうです。男気がありますよね。

その後、同曲は1979年から1980年にかけて、100万枚の売上げを記録する空前の大ヒット曲となりました。他、1980年に『夫婦きどり』1990年には『友禅流し』などもヒットしました。

また『NHK紅白歌合戦』には1981年から1984年まで4年連続出場

幼い頃から苦労した牧村さんでしたが、演歌歌手として成功しました。しかしその後は、ヒット曲に恵まれず事務所からリストラをされ、酒に溺れ、病気が発覚するなど牧村さんの人生は壮絶なものでした。

酒に溺れた理由

牧村さんの最愛となる父を亡くしてからお酒に溺れる日々が続いたとう。しかしそれが祟ってか2002年頃、「肝硬変」と「食道静脈瘤」を患ってしまう。一時は「余命5年」と言われるほどの重病だったそうです。

演歌仲間とは?

牧村さんと同じ演歌歌手としてライバルでもあり親友でもある小林幸子さんを初めとする、「演歌の大御所」北島三郎さん、山本譲二さん、細川たかしさんなど歌手仲間の励ましを心の支えにして、約2年間の闘病生活の後に無事社会復帰を果たしたそうです。

現在は?

輝かしい経歴後は、壮絶な人生を歩んでこられた牧村さん。現在は、病状の方も快方に向かっていて持病がありながらも演歌歌手としての仕事を継続しているようです。

また、牧村さんは現在も独身を貫いているそうです。その理由は牧村さんいわく「結婚したい男性は、先輩でお世話になり『みちづれ』を私に下さった渡さん、亡くなった石原裕次郎さんの二人だけ。それ以外の男性との結婚は考えられない」と語っていたそうです。

それ以上の男性は今後現れるのでしょうか?難しところですね。

まとめ

色々大変なことを経験された牧村三枝子さんに今後また、ヒット曲を生み出してほしいですね。お身体に気をつけて頑張っていってほしいです。

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