島田洋七、現在は?自宅はどこ 嫁との馴れ初め 相方・島田洋八って?


島田洋七、現在は?自宅はどこ 嫁との馴れ初め 相方・島田洋八って?
出典元:島田洋七 オフィシャルブログ

島田洋七さんと言えば、「B&B」の人で「もみじまんじゅう」のギャグで「がばいばぁちゃん」に育てられ本がバカ売れした人。っていうのが頭にありますよね?そんな洋七さんについて調べてみたいと思います。

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島田洋七 プロフィール・経歴

【芸名】島田洋七(しまだ ようしち)
【本名】徳永昭広(とくなが あきひろ)
【出身】広島市白島九軒町
【身長】164
【血液型】O
【その他】オスカープロモーション所属

22歳のとき漫才コンビB&Bとしてデビュー。80年代の漫才ブームを作り上げました。ギャグの「もみじまんじゅう」は一世風靡し、あまりメジャーでもなかった「もみじまんじゅう」を一躍広島名物に。

83年、B&Bは解散するも、後に再結成する。87年に自費出版し、後に徳間文庫から発売された『佐賀のがばいばあちゃん』はシリーズ累計670万部以上の大ベストセラーに。

また韓国・台湾・英語などのバージョンで世界に広がり、映画『島田洋七の佐賀のがばいばあちゃん』で監督デビューを果たす。80年代後半から始めた講演活動も好評。

現在は?

洋七さんは吉本興業を辞めてオスカーに移籍して以来、業界から干されていたというがあります。しかし、盟友のビートたけしさんも応援すると言うことから、吉本は洋七さんに横槍を入れられなくなった。そういった経緯から吉本との関係は円満退社でなかったと考えられますね。

そんな洋七さんの現在は、タレントとしての活動の傍ら、講演・執筆活動にも精力的に取り組んでいるそうです。また、自分の人生論や経験、おばあちゃんとの生活などを元に講演会をしています。その講演は4000箇所を超えていて人気ぶりが伺えます。

自宅は

佐賀に自宅を構えた島田洋七さん。がばいばあちゃんに教わった昔ながらの知恵と、ご近所のあたたかなサポートで、楽しさにあふれた菜園生活を満喫しているそうです。

場所
佐賀駅から車で二十分ほど走ると、田んぼが一面に広がりで畑には色とりどりの野菜が実るのどかな所です。そのような大自然の中にご自宅があるそうです。佐賀市東与賀町の444号線沿いの近辺だそうですよ。

嫁との馴れ初め

洋七さんが19歳の頃、当時デパートに勤めていた今の奥さんと知り合ったという。そして20歳で奥さんと駆け落ちし、歌手になるため東京へ行きます。

しかし、すぐに貯金が底を突き、高校の先輩に誘われて大阪に移ることにしました。大阪・東住吉区の4畳半に2人暮らしを始めたという。

1970年、うめだ花月で笑福亭仁鶴さんの落語や、中田カウス・ボタンさんの漫才を観て、芸人になろうと決意する。大阪に誘ってくれた先輩が、吉本興業の関係者と知り合いということで紹介してもらい、うめだ花月の進行係として採用されました。

漫才の他に野菜の配送や深夜の配管工のアルバイトをして食いつないでいた。

仕事から帰ると、冷蔵庫にマヨネーズとケチャップしか無いので、二人でそれを啜った。八百屋からもらってきた野菜の芯、パン屋の食パンの耳、花月のお客様が置いていったお弁当などが貴重な食料となったそう。そんなヒモジイ?!生活が8年も続いたそうです。

そんな貧乏生活から一変、『佐賀のがばいばあちゃん』が売れてお金が入ってきた絶頂期の頃。

洋七さんいわく、奥さんに毎月数千万円が入った段ボールを渡していたそうです。でも奥さんは「こんなに売れてるのに、何で給料がこんなに安いのか」と真顔で言い、顔面蒼白になった洋七さん。

聞き返すと、奥さんは段ボールの中はファンレターかと思って開けず、別に封筒で渡された端数の数十万円だけが給料と勘違いしていたそうです。そして段ボールは押入れの中に保管してあってその金額はなんと約3億円!現金は無事だったそうです。

その日は1月1日、銀行も休みで預ける事が出来ず、こういう時に限って来客も多く、夫婦揃って押入れの前から微動だにしなかったそうです(笑)

そして1月4日になって銀行が開き「3億」と言う大金があるから家に来て欲しいとお願いするも、「イタズラ電話はやめて下さい」とどこも信用してくれなかったそうです。

そして仕方なく銀行に出向き、自宅に支店長を連れてきて現金を見せると「どうしたんだ貴様!この金!」と言われたそうです。洋七さんいわくなので話に盛っている部分がありそうですが・・・笑。

また、豪遊以外にも広島の実家を建て替え、妻の実家に新しい漁船や機械を買い、所沢に自宅を建てて車も買ったという。

そして、小さな事務所で税理士が付いていなくて、節税の知識もなく、翌年以降、税金を払いきれず、とうとう督促状がきて、数年かけて5億円以上の税金を払ったそうです。

けっこう金額が大きいだけに凄い儲かっていたのがわかりますね。

相方・島田洋八って?

漫才コンビ「B&B」は島田洋七さんと島田洋八さんのコンビで結成されていました。洋八さんは岡山県出身で、洋七さんのマシンガントークで「小野田さーん。」とよくいじられていました。

ツービート・ビートきよしさん・紳助・竜介・松本竜助さん・島田洋八さんと「うなずきトリオ」を結成し、短期間ではあったものの、人気を博していました。

1983年にコンビを解散し、その後は「藤井洋八」という芸名で俳優活動をする。映画『鮫肌男と桃尻女』で、支配人役を演じ一部に高い評価を得ましたが、あまり認知されることはありませんでした。

現在は、女性歯科医結婚し伊豆大島に在住し、たまにタレント活動をしながら主夫しているそうです。悠々自適の生活を送られているようですよ。

ラジオ番組『島田洋七の朝から言わせろー!』では、マシンガントーク炸裂で笑わせています。その時に今は福岡でお寿司屋さんとおでん屋さんを経営していると言われていました。実業家ですよね?

まだまだ笑いの神がいるようです。老け込まず、人に笑いを振りまいて頑張ってほしいですね。

まとめ

洋七さん洋八さんの今後の活動やプライベートも気になりますね。

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